審査基準(第Ⅶ部第3章「医薬発明」1.1.1「特許法第36条第6項第1号」の項。)において,同条6項1号違反の類型として,
例9:請求項においては成分Aを有効成分として含有する制吐剤が特許請求されているが,発明の詳細な説明には,成分Aが制吐作用を有することを裏付ける薬理試験方法,薬理データ等についての記載がなく,しかも,成分Aが制吐剤として有効であることが出願時の技術常識からも推認できない場合
という薬理試験方法や薬理データ等の記載がない事例が挙げられていますが、この事例を否定する判決が言渡されました(平成21年(行ケ)第10033号)。

本件特許発明

請求項:

「場合により薬理学的に許容可能な酸付加塩形態にあってもよいフリバンセリンの,性欲障害治療用薬剤を製造するための使用。」

審決の判断:

(1) 医薬についての用途発明においては,一般に,有効成分の物質名,化学構造だけからその有用性を予測することは困難であり,発明の詳細な説明に有効量,投与方法,製剤化のための事項がある程度記載されている場合であっても,それだけでは当業者が当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることができないから,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものであるというためには,発明の詳細な説明において,薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載がされることにより,その用途の有用性が裏付けられていることが必要である。

(2)本願明細書の発明の詳細な説明には,フリバンセリンの本願発明の医薬用途における有用性を裏付ける記載はない。

(3)したがって,本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,特許法(以下「法」という。)36条6項1号に規定する「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」との要件を満たさない。

裁判所の判断:

(1)法36条6項1号の規定の趣旨

法36条6項1号は,「特許請求の範囲」の記載について,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を要件としている。同号は,特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有すると規定され,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した「特許請求の範囲の記載」に基づいて定めなければならないと規定されていること(法68条,70条1項)を実効ならしめるために設けられた規定である。仮に,「特許請求の範囲」の記載が,「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲を超えるような場合に,そのような広範な技術的範囲にまで独占権を付与することになれば,当該技術を公開した範囲で,公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱するため,そのような特許請求の範囲の記載を許容しないものとした。

このように,法36条6項1号の規定は,「特許請求の範囲」の記載について,「発明の詳細な説明」の記載とを対比して,広すぎる独占権の付与をを排除する趣旨で設けられたものである。

イ 法36条6項1号への適合性判断について

法36条6項1号の規定の解釈に当たっては,特許請求の範囲の記載が,発明の詳細な説明の記載の範囲と対比して,前者の範囲が後者の範囲を超えているか否かを必要かつ合目的的な解釈手法によって判断すれば足り,例えば,特許請求の範囲が特異な形式で記載されているため,法36条6項1号の判断の前提として,「発明の詳細な説明」を上記のような手法により解釈しない限り,特許制度の趣旨に著しく反するなど特段の事情のある場合はさておき,そのような事情がない限りは,同条4項1号の要件適合性を判断するのと全く同様の手法によって解釈,判断することは許されないというべきである。

ウ 審決の理由の当否について

審決が,発明の詳細な説明に「薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をすることにより,その用途の有用性が裏付けられている」ように記載されていない限り,特許請求の範囲の記載は,法36条6項1号に規定する要件を満たさないとした部分は,常に妥当するものではなく,そのことのみを理由として,法36条6項1号に反するとした判断は,特段の事情があればさておき,このような特段の事情がない限りは,理由不備があるというべきである。

・・・審決は,・・・本願の特許請求の範囲の記載が,どのような理由により,発明の詳細な説明で記載された技術的事項の範囲を超えているかの具体的な検討をすることなく,同条6項1号所定の要件を満たさないとした点において,理由不備の違法があるというべきである。

※この記事は一般的な情報、執筆者個人の見解等の提供を目的とするものであり、創英国際特許法律事務所としての法的アドバイス又は公式見解ではありません。