「引用文献の認定の誤り」はよくある事例ですが、「よくある」ということはそれだけ実務に有用であると思いますので、紹介いたします。

平成23(行ケ)10100号(知財高裁平成23年10月31日判決) 審決取消請求事件

第1 本件発明(特願2004-285797)

【請求項1】

鋼板表面に合金化溶融亜鉛めっき層を備える合金化溶融亜鉛めっき鋼板であって、

前記鋼板が質量%で、

C:0.05~0.25%、

Si:0.02~0.20%、

Mn:0.5~3.0%、

S:0.01%以下、

P:0.035%以下および

sol.Al:0.01~0.5%を含有し、

残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し,

かつ

前記合金化溶融亜鉛めっき層が質量%で、

Fe:11~15%および

Al:0.20~0.45%を含有し、

残部がZnおよび不純物からなる化学組成を有するとともに、

前記鋼板と前記合金化溶融亜鉛めっき層との界面密着強度が20MPa以上であることを特徴とする高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板。

(※改行は筆者が適宜入れました)

第2 引用発明(特開2002-294422号公報)

【請求項1】

「Mn:1.0質量%以上を含有する・・・」

【0022】

【表1】

111128matsuzawa_4

※これらの記載から、審決は引用発明を以下のように認定しました。

なお、上記の青字は、審決が認定した「数値範囲の下限」を示し、赤字は、審決が認定した「数値範囲の下限」を示します。

鋼板表面に合金化溶融亜鉛めっき層を備える合金化溶融亜鉛めっき鋼板であって、

前記鋼板が質量%で、

C:0.03~0.18%、

Si:0~1.0%、

Mn:1.0~3.1%、

P:0.005~0.01%及び

Al:0.03~0.04%を含有し、

残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、

かつ

前記合金化溶融亜鉛めっき層が、質量%で

Fe:8~15%、

Al:0.1~0.5%、及び

100mg/m2以下に制限されたMnを含有し、

残部がZnおよび不純物からなる化学組成を有する

高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板。

(※改行は筆者が適宜入れました)

第3 裁判所の判断

・・・

しかし、審決の認定は、以下のとおり誤りである。

(1)引用例の【表1】には、独立した5種の鋼が例示され、鋼1ないし鋼5には、含有されている元素の含有量が示されている。ところで、合金においては、それぞれの合金ごとに、その組成成分の一つでも含有量等が異なれば、全体の特性が異なることが通常であって、所定の含有量を有する合金元素の組合せの全体が一体のものとして技術的に評価されると解すべきである。本件全証拠によっても、「個々の合金を構成する元素が他の元素の影響を受けることなく、常に固有の作用を有する」、すなわち、「個々の元素における含有量等が、独立して,特定の技術的意義を有する」と認めることはできない。したがって、引用例に、複数の鋼(鋼1ないし鋼5)が実施例として示されている場合に、それぞれの成分ごとに、複数の鋼のうち,別個の鋼における元素の含有量を適宜選択して、その最大含有量と最小含有量の範囲の元素を含有する鋼も、同様の作用効果を有するものとして開示がされているかのような前提に立って、引用発明の内容を認定した審決の手法は、技術的観点に照らして適切とはいえない。

・・・以上によれば、・・・鋼においては、一般に、成分として添加される元素間の相互作用が高く、1つの鋼を組成する元素の組合せ及び含有量(含有する質量割合)が、一体として、鋼の特性を決定する上で重要な技術的意義を有することが認められる。

引用例の上記説明は、各元素ごとに、5つの独立した任意の鋼の中から含有量の最大値と最小値の範囲の含有量により組成される、あたかも1種の鋼において、特定の性質(優れた溶融めっき性や耐パウダリング性を安定して得られる高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板)を有することを開示したことを意味するものでもなく、具体的な鋼の組成及び性質を特定したものと理解することもできない。したがって、審決のした引用発明の認定は、誤りというべきである。

(2)・・・引用例記載の発明の課題は、鋼の特性を利用して解決されるものであるところ、引用例には、1つの鋼を組成する成分の組合せ及び含有量が、一体として、鋼の特性を決定する上で重要な技術的意義を有することが示されているから、各成分の組合せや含有量を「一体として」の技術的意義を問題とすることなく、記載された含有量の個々の数値範囲の記載を組み合わせて発明の内容を理解することは、適切を欠く。

第4 検討

審決は、本件発明の数値範囲に合わせるように、引用発明に開示された複数の鋼の組成を「いいとこ取り」したものであり、判決の結論はもっともであるといえます。本願発明は、各成分の含有量を工夫することにより新たな効果を生み出しており、判決でも「所定の含有量を有する合金元素の組合せの全体が一体のものとして技術的に評価されると解すべき」と認定されています。たとえ同じ公報中であっても、技術的に関連のない別個の記載を持ち出して、組み合わせて「容易である」というのは、かなり乱暴な議論であるといえるでしょう。

なお、塚原朋一元知財高裁所長(弊所顧問弁護士)も、「引用例は、本願発明を基礎として捜し出すわけですが、そうして引用例に出会い、引用発明を認定するときは、いったん、本願発明の発明の課題や構成を頭から、無理してでも、除外することが必要です。実は、審決取消しの原因の半数、ひょっとすると、もっと多くがこの認定ミスです。」と仰っております(*1)。

これらを考慮すると、審査官・審判官に反論する際には、引用発明の誤認を指摘することが最も有効な手段となり得ると考えられます。

以上

*1:特技懇 2009.8.24. no.254 pp.6-7

http://www.tokugikon.jp/gikonshi/254syotyou.pdf

 

※この記事は一般的な情報、執筆者個人の見解等の提供を目的とするものであり、創英国際特許法律事務所としての法的アドバイス又は公式見解ではありません。