平成27年5月1日

「疲労特性に優れたCu-Ni-Si系合金部材事件」

特許権侵害差止等請求事件

東京地方裁判所平成24年(ワ)第15612号

平成26年10月9日判決民事第47部判決

 

原告:JX日鉱日石金属株式会社

被告:三菱電機メテックス株式会社

 

第1.事件の概要

①被告が製造・販売等するM702C(以下「被告製品」という。)が、原告の有する特許権に係る発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属するか、②本件特許が無効審判により無効にされるべきものか、が争われた。

とりわけ本件発明の構成要件の中でも、「直径4μm以上の介在物が86個/mm以下であることを特徴とする」との構成要件について、被告製品がかかる構成要件を充足するか、また上記構成要件は記載要件(サポート要件及び実施可能要件)を満たすか、が主に争われた。

そこで、以下では上記点に絞って、裁判所の判断を紹介する。

第2.侵害論(構成要件該当性)

1.当事者の主張

<原告の主張>

被告製品の直径4μm以上の大きさの介在物個数は0個/平方ミリメートルであり、これは文言上86個/平方ミリメートル以下の範囲内であるから、構成要件F,F1を充足する。本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、直径4μm以上の介在物の個数が少なくなればなるほど疲労寿命が長くなり、介在物個数0個/平方ミリメートルのときは最も疲労寿命が長くなることが当然に理解されるものであるから、0個/平方ミリメートルが86個/平方ミリメートル以下の範囲内に含まれることは本件明細書の記載によっても明らかである。

<被告の主張>

本件発明は、直径4μm以上の介在物が相当数あることを前提に、その上限を86個/平方メートル以下と規定したものであるから、介在物が存在しない構成は含まれない。下記(2)ウ記載のとおり、サポート要件の観点を加味して解釈するならば、「86個/平方ミリメートル以下」とは、「86個/平方ミリメートル以下であって、かつ、およそ86個/平方ミリメートル」を意味し、どんなに原告に有利に解釈しても、本件明細書に開示されている実施例の下限である25個/平方ミリメートルが限界である。

2.裁判所の判断

被告製品の直径4μm以上の大きさの介在物個数は0個/平方ミリメートルであり、これは86個/平方ミリメートル以下の範囲内であるから、被告製品は、構成要件F,F1を充足する。

被告は、サポート要件の観点を加味して解釈するならば、「86個/平方ミリメートル以下」とは、「86個/平方ミリメートル以下であって、かつ、およそ86個/平方ミリメートル」を意味するなどと主張する。確かに、サポート要件違反に係る被告の主張は、以下のとおり理由があるが、そうであるとしても、構成要件F,F1は、「直径4μm以上の介在物が86個/平方ミリメートル以下である」と一義的に明確に定めているのであって、これを、「およそ86個/平方ミリメートル」であるとか、「25個/平方ミリメートル以上86個/平方ミリメートル以下」であると限定して解すべき必要もないし、解するのを相当とする理由もない。被告の主張は、採用することができない。

3.検討

被告は、「直径4μm以上の介在物が86個/mm以下であることを特徴とする」との構成要件について、介在物が存在しない構成は含まないこと、また介在物の個数の下限としては明細書の実施例で開示されている25個/mmが限界であること、から上記構成要件は限定して解釈されるべき旨主張した。

これに対して、裁判所は、サポート要件違反との被告の主張は理由があるとする一方で、上記構成要件は「一義的に明確に定めて」おり、限定して解すべき必要もないし、解するのを相当とする理由もないとしている。

特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならいことが原則であり(特許法70条1項)、上記構成要件が一義的に明確に定められていること、また特許無効の抗弁(特許104条の3)による無効理由について端的に裁判所で判断できること、から特許請求の範囲を限定解釈せずに、記載要件違反の問題とした裁判所の判断は妥当なものといえる。

第3 無効論(サポート要件及び実施可能要件)

1.当事者の主張

<被告の主張>

さらに、本件発明の構成要件F,F1において、介在物が存在しないものも含むと解釈されるのであれば、本件明細書において開示されている介在物個数の下限は25個/平方ミリメートルであり、直径4μm以上の介在物個数0~25個/平方ミリメートル未満の範囲をサポートする発明例がないため、この範囲において本件発明の効果を奏するか不明である。そして、サポート要件違反の裏返しとしての実施可能要件違反もある。

<原告の主張>

本件発明は、コルソン合金における圧縮残留応力、最大谷深さ及び介在物の個数と疲労寿命との相関関係の存在が知られていなかったところ、これを実験的に解明して顕著な効果が表れる数値範囲を特定したものであり、臨界的意義が問題になる事案ではない。金属疲労については相対的な評価しかできないところ、実験条件において介在物個数を厳密に同一にしなくても、圧縮残留応力と疲労特性との関係である程度の相対評価は可能である。

・・・

さらに、直径4μm以上の介在物個数については、本件明細書において開示されている発明例の傾向から、直径4μm以上の介在物が少ないほど疲労寿命が長くなることが当然に理解されるし、直径4μm以上の介在物個数を減少させるための時効処理の温度等の諸条件については、本件明細書の発明の詳細な説明の段落[0019]に詳しく記載されている。

2.裁判所の判断

・・・時効処理温度及び時間につき、粗大な晶出物及び析出物の個数を低減させる方法についての一定の開示があるということができる。

しかしながら、溶解時の溶湯内での反応により生じる酸化物、硫化物等については、本件明細書の発明の詳細な説明に、直径4μm以上の介在物個数を低減させる方法の開示は全くない。

そして、本件明細書の記載内容及び弁論の全趣旨からすれば、原告が本件特許出願時において直径4μm以上の全ての介在物を0個/平方ミリメートルとするCu-Ni-Si系合金部材を製造することができたと認めるに足りず、技術的な説明がなくても、当業者が出願時の技術常識に基づいてその物を製造できたと認めることもできない。

そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明には、特許請求の範囲に記載された数値範囲全体についての実施例の開示がなく、かつ、実施例のない部分について実施可能であることが理解できる程度の技術的な説明がないものといわざるを得ない。

したがって、本件発明は、特許請求の範囲で、粗大な介在物が存在しないものも含めて特定しながら、明細書の発明の詳細な説明では、粗大な介在物の個数が最小で25個/平方ミリメートルである発明例を記載するのみで0個/平方ミリメートルの発明例を記載せず、かつ、全ての粗大な介在物の個数を低減する方法について記載されていないことなどからすれば、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明の少なくとも一部につき、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるとはいえない。

3.検討

被告は、直径4μm以上の介在物数0~25個/平方ミリメートル未満の範囲をサポートする実施例がないとして、主にサポート要件違反を主張した。

他方、原告は、本件発明は臨界的意義が問題になるような数値限定発明ではないこと、また明細書から直径4μm以上の介在物が少ないほど疲労寿命が長くなることが当然理解されると主張し、サポート要件を満たすとしている。

すなわち、当事者間では、主にサポート要件に関して主張がなされている。

 

これに対して、裁判所は、出願時において直径4μm以上の介在物を0個/平方ミリメートルとするCu-Ni-Si系合金部材を製造できたとは認められない等として、実施可能要件違反を問題としている。

 

サポート要件に関して、本件発明が数値限定に特徴のある発明であれば、請求項に記載された数値範囲全体にわたって十分な数の具体例が示される等して、出願時の技術常識に照らし請求項に記載された数値範囲全体にまで拡張ないし一般化できる必要がある(審査基準第I部第1章2.2.1.1参照)。しかし、本件では、コルソン合金の介在物の個数と疲労寿命との相関関係の存在が知られておらず、これを解明したことに特徴があると原告は主張している。そして、明細書に接した当業者は直径4μm以上の介在物が少ないほど疲労寿命が向上するということは理解できると解される以上、0~25個/平方ミリメートル未満の範囲の実施例がないからといって、サポート要件違反とすることは難しいように思われる。

このため、サポート要件違反ではなく、実施可能要件違反の問題とした裁判所の判断は妥当なものといえる。

 (弁護士 栁本 高廣)

※この記事は一般的な情報、執筆者個人の見解等の提供を目的とするものであり、創英国際特許法律事務所としての法的アドバイス又は公式見解ではありません。