米国アトランタにおいて、現地時間の2015年10月5日に参加12か国間でTPP協定が大筋合意に至った。TPP協定において知的財産関連は第18章に規定されており、これに対応すべく国内法上の手続を完了するための特許・商標関係及び著作権関係の制度整備として、2016年1月召集の通常国会に必要な関連法改正案が提出される模様と報じられている。

本稿では、関連条項の番号を併記しつつ、内閣官房のTPP政府対策本部による公表資料において関係法改正の検討を要するとされている事項を紹介する。

1.特許法
■新規性喪失の例外規定(Article 18.38 (仮訳文))
特許出願前に自ら発明を公表した場合等に、公表日から12か月の猶予期間(グレースピリオド)内にその者がした特許出願に係る発明は、その公表によって新規性等が否定されないとする規定の導入が義務付けられる。これにより、現行特許法30条で6か月とされているグレースピリオドが12か月に延長される。

なお、協定発効後も必要な手続等の運用に関しては参加国間で相違点が残ることは予想されるものの、適用対象と期間のミニマムスタンダードは揃うことになる。

■審査遅延の補填としての特許期間延長(Article 18.46 (仮訳文))
出願から5年又は審査請求から3年のいずれか遅い方を超過した特許出願の権利化までに生じた不合理な遅滞につき、特許期間の延長を認める制度の導入が義務付けられる。この制度は、現行特許法68条の2の延長登録制度とは異なるものであり、米国特許法における特許期間調整(Patent Term Adjustment; PTA)に類似するものである。

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特許行政年次報告書2015年版 第1部第1章知的財産権をめぐる動向」によれば、日本では、審査請求日から取下げ・放棄又は最終処分を受けるまでの平均期間は18.8 月(2013年実績)となっている。そのため、法改正が、TPP協定の義務履行に必要な範囲に留まる場合には、制度導入後も要件に合致するケースは希になることが予想される。

2. 商標法
■商標不正使用に対する法定の損害賠償等(Article 18.74 (仮訳文))
TPP協定の合意事項では、商標の不正使用について法定損害賠償制度又は追加的損害賠償制度を設けることを参加国に義務付けている。これに対応して、TPP政府対策本部の公表資料では、日本は「民法の原則を踏まえた法定の損害賠償等の制度を設ける」との方針が示されている。

現行法では商標法38条に損害額の推定規定が設けられているが、法定損害賠償制度の導入後は、侵害の事実が認定されれば、所定の要件の下で法定額までの損害賠償を認められることになるものと考えられる。

3. 著作権法
著作権法については、以下の事項に関する制度整備が行われる。

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この中で、保護期間の延長(Article 18.63 (仮訳文))とあわせて、TPP政府対策本部の公表資料において特に注目できるのは次の2点である。

■著作権等侵害罪の一部非親告罪化(Article 18.77 (仮訳文))
「故意による商業的規模の著作物の違法な複製等を刑事罰の対象とする」ことが合意事項に含まれていると説明しつつ、「二次創作への委縮効果等を生じないよう、非親告罪の対象となる範囲を限定する」と強調されている点に、TPP協定に対する懸念への配慮が見受けられる。

■著作権等侵害に対する法定の損害賠償等(Article 18.74 (仮訳文))
上記の商標不正使用に対する規定と同様のものであるが、「権利者を補償するために十分な額を定め、及び将来の侵害を抑止することを目的として定める。」と注記が付されている。

【出典】
内閣官房「TPP協定(仮訳文)について(2016年2月2日公表)」、「TPP政府対策本部・TPP総合対策本部第2回会合 配付資料(2015年11月25日公表)
ニュージーランド外務貿易省「Text of the Trans-Pacific Partnership(2015年11月5日公表)

***追記(2016年2月17日)***
2016年2月12日に特許庁で開催された第7回知的財産分科会において、TPP協定を担保するための特許法及び商標法改正の方向性について審議が行われ、了承された。

配付資料によれば、本文中で取り上げた項目に関する改正の方向性は下記のとおり。

  1. 特許法(配付資料2-1)
    ■新規性喪失の例外規定について
    「発明の新規性喪失の例外期間(グレースピリオド)について、現行の公表等から6月を12月に延長する。」
    ■審査遅延の補填としての特許期間延長
    「特許権の存続期間について、特許出願の日から5年を経過した日又は出願審査の請求があった日から3年を経過した日のいずれか遅い日以後に、特許権の設定の登録があった場合に、出願により延長することを可能とする。
  2. 商標法(配付資料2-2)
    ■商標不正使用に対する法定の損害賠償
    「民法の原則を踏まえ、追加的な損害賠償ではなく、法定の損害賠償に関する規定を整備する。
    具体的には、商標の不正使用による損害の賠償を請求する場合において、当該登録商標の取得及び維持に通常要する費用に相当する額を損害額として請求できる規定を追加する。」
    ※なお、参考資料3.において、TPP協定の合意事項における「商標の不正使用」とは「侵害行為の一類型であり、登録商標(社会通念上同一のものを含む。)を指定商品又は指定役務に使用することにより権利を侵害する行為のこと。」を意味するとの説明がある。

【出典】
特許庁「第7回知的財産分科会 配付資料2-1及び2-2」

***追記(2016年2月23日、3月9日)***
2016年2月10日に開催された第8回文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会では、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への対応が取り上げられ、配付資料のうち「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定に伴う制度整備の在り方等について(案)」では、個別の項目に対する検討結果とともに、「TPP協定を契機として検討すべき措置について」が示されている。

また、参考資料として関係団体の意見書が掲載されており、著作権侵害罪の一部非親告罪化等に対する要望が示されている。

【出典】
文化庁「第8回文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会 資料1」、「第9回文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会

***追記(2016年3月9日、10日、4月28日)***
2016年3月8日に「環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律案」が国会に提出された。記事本文で取り上げた特許法、商標法、著作権法の改正案についても、概要、新旧対照表(特許法商標法著作権法)等が内閣官房から公表されている。

なお、各法改正案の施行期日は「環太平洋パートナーシップ協定が日本国について効力を生ずる日」となっている。

また、第190回国会での審議経過情報は、衆参両院のウェブサイトにて公表されている。

「環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律案」
衆議院
参議院

「環太平洋パートナーシップ協定の締結について承認を求めるの件」
衆議院
参議院

【出典】
内閣官房・TPP政府対策本部「環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律案について

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