「相当の利益」への対応

(1)相当の利益導入状況

 平成27年特許法改正により、職務発明の「相当の対価」が、「相当の金銭その他の経済上の利益」に変更されました(前回の記事の2②)。「対価」という文言は、主として金銭の給付を想定したものですが、改正により、留学の機会の付与やストックオプションの付与等、金銭以外も含めた経済上の利益(相当の利益)を付与することが可能になりました。これにより、企業戦略に応じた柔軟なインセンティブ施策を講じることが可能になっています。

 ただし、実際にどのような利益を規定しているかという質問に対しては、98.4%が「金銭の支払」としており、金銭以外の経済上の利益を付与している企業はほとんどわずかにしか見られませんでした[1]

 相当の利益として金銭の支払いのみを選択している理由としては、「金銭以外の経済上の利益を採用する場合に他部署と調整する必要があり、知財部だけで決定できない」、「どのような内容にすれば金銭と同等になるのかが難しく、従業者に不公平感を持たれるおそれがある」などが挙げられています[2]。金銭以外の多様な経済上の利益を付与できるとする改正法ですが、実際の導入は必ずしも進んでおらず、また、企業側もそれで足りる[3]と見ているとも思われます。

 なお、従業者側がどのような相当の利益が望ましいと考えているかについては、「金銭の支払い」が84.5%で飛び抜けて多く、次いで、「賞与への反映」(37.8%)、「昇給への反映」(27.8%)、「金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格」(24.6%)が多く見られました[4]。いずれも金銭的な利益を含むもので、従業者側としても、金銭以外の利益より金銭的な利益を望んでいるものと思われます。

(2)相当の利益の付与時期と発明の秘匿化

 相当の利益の付与時期は、「特許出願時」が最も多く(84.7%)、次いで「特許登録時」(82.2%)、「実施許諾時」(79.7%)の順に多く見られました。他方、「職務発明の届出時」とするのは全体の32.2%と必ずしも多くありませんでした[5]。発明の届出があっても多くの企業でその時点では報酬を付与せず、特許を出願するとなったときに初めて報酬を与える、という仕組みをとっていることが伺えます。単に届出を受けるだけでなく、特許出願に値する発明に対して報酬を与える、という企業のインセンティブ施策があるのだと思われます。

 すると、以下のような疑問が生じます。すなわち、特許法上は、発明者が使用者に「特許を受ける権利」を取得・承継させた場合に相当の利益を受ける権利を得るわけで、特許出願が条件となっているわけではありません。ところが多くの企業は特許出願に至らなければ報酬を与えていないので、企業側の都合で特許出願をしなかった場合には報酬が付与されず、発明者側がこれを不服に思うのではないでしょうか。

 ところが、アンケート結果を見ると、発明を秘匿した場合にもこれが相当の利益の付与対象となるかについて、51.3%の使用者等が「付与対象になる」と回答しています[6]。職務発明の規定上、「特許出願時」に相当の利益を付与するとしていても、発明を秘匿した場合にも同様の措置をとるとする企業が半数以上あるというものと思われます。

 近年、発明を特許化(公開+独占)するだけでなく、自社のノウハウ(非公開+事実上の独占)として利用する、いわゆる「秘匿化」の流れが注目されていますが、この場合、発明者に相当の利益を付与しないとすると、使用者側の都合によって発明者間に不公平感が生じる可能性があります。そこで、多くの企業が、職務発明を秘匿化したとしても(例外措置として)相当の利益の付与対象になる、との措置をとっているものと思われます。

 具体的には、「発明の秘匿化が決定した場合には、特許出願時と同等の利益を付与する」、というような規程が考えられます(実際にそのような規定を用意している例が見受けられます)。

 このように規定すれば、特許出願に値する発明ではあるが、会社側の都合で出願しなかった(秘匿化した)という場合でも、相当の利益付与に不公平感が生まれない、ということになります。

 



[1]
報告書P.57

[2]報告書P.61

[3]平成27年改正時に、相当の利益の内容を決定するための基準を改定等したかについてのアンケートでは、77.9%が「改訂/新設されなかった」としており、その理由についても、63.4%が「現在の基準で問題ないため」としている(報告書P.53~)。

[4]報告書P.75

[5]報告書P.62

[6]報告書P.70

2017年5月10日

弁護士 水野秀一

※この記事は一般的な情報、執筆者個人の見解等の提供を目的とするものであり、創英国際特許法律事務所としての法的アドバイス又は公式見解ではありません。