1 はじめに
商標権侵害に関する訴訟において、被告の抗弁として権利濫用の主張がなされる場合がある。そこで、権利の濫用とは何かを説明したうえで、代表的な2つの裁判例を紹介する。

2 権利の濫用とは
民法第1条第3項では、「権利の濫用は、これを許さない」と規定されている。その趣旨は、原則として権利者は、その権利を自由に行使できるが、その行使の結果が著しく公共の利益に反したり、信義則に反して他人の権利を害するようなときは、権利の行使として是認できない、というものである。

商標権侵害に関する訴訟における権利の濫用の抗弁は、仮に原告の商標権侵害の主張が認められたとしても、商標権の取得過程や取得意図、行使の態様等に問題がある場合に被告側から主張されることとなる。

3 リーディングケース(ポパイ事件1
本件商標の商標権者Xが、POPEYEマフラー(POPEYEの漫画の著作権者から独占的利用権を許諾された者が許諾に基づいて製造したもの)を仕入れていたYに対して、前記マフラーの販売差止め及び損害賠償請求をした事案である。

最高裁は、以下のように判示した。

本件商標登録出願当時既に、連載漫画の主人公『ポパイ』は、一貫した性格を持つ架空の人物像として、広く大衆の人気を得て世界に知られており、『ポパイ』の人物像は、日本国内を含む全世界に定着していたものということができる。そして、漫画の主人公『ポパイ』が想像上の人物であって、『POPEYE』ないし『ポパイ』なる語は、右主人公以外の何ものをも意味しない点を併せ考えると、『ポパイ』の名称は、漫画に描かれた主人公として想起される人物像と不可分一体のものとして世人に親しまれてきたものというべきである。したがって、Y標章がそれのみで成り立っている『POPEYE』の文字からは、『ポパイ』の人物像を直ちに連想するというのが、現在においてはもちろん、本件商標登録出願当時においても一般の理解であったのであり、本件商標も、『ポパイ』の漫画の主人公の人物像の観念、称呼を生じさせる以外の何ものでもないといわなければならない。以上によれば、本件商標は右人物像の著名性を無償で利用しているものに外ならないというべきであり、客観的に公正な競業秩序を維持することが商標法の法目的の一つとなっていることに照らすと、Xが、『ポパイ』の漫画の著作権者の許諾を得てポパイ標章を付した商品を販売している者に対して本件商標権の侵害を主張するのは、客観的に公正な競業秩序を乱すものとして、正に権利の濫用というほかない。

このように、登録商標に商標権者独自の信用が化体しておらず、正当に標章が帰属すべき第三者が存在する場合・相手方が正当に標章が帰属すべき第三者から許諾を得ている場合には、他の事情も考慮されたうえで権利の濫用の主張が認められることがある。

4 ウイルスバスター事件2
「ウイルスバスター」の商標権を有するXが、類似商標を付した製品を販売等しているYに対し、商標権に基づき、標章の使用の差止めを求めた事案である。なお、Yの先使用の抗弁は周知性の要件を満たさなかったため認められなかった。

裁判所は、以下のように判示した。

本件商標は一般的に出所識別力が乏しく、Xの信用を化体するものでもなく、そのため被告が本件商標に類似する被告標章をウイルス対策用ディスクに使用しても本件商標の出所識別機能を害することはほとんどないといえるのに対し、Yは、(ウイルスバスターという)標章をXが本件商標の登録出願をする前から継続的に使用しており、現在ではY標章は一般需要者が直ちにY商品であることを認識できるほど著名な商標であるから、本件商標権に基づきY標章の使用の差止めを認めることは、Y標章が現実の取引において果たしている商品の出所識別機能を著しく害し、これに対する一般需要者の信頼を著しく損なうこととなり、商標の出所識別機能の保護を目的とする商標法の趣旨に反する結果を招来するものと認められる。したがって、XのYに対する本件商標権の行使は権利の濫用として許されないものというべきである。

このように、Xの権利取得過程においては特に濫用目的がない場合であっても、相手方が周知性著名性の獲得に貢献した場合・商標権に対する実質的な侵害が存在しない場合には、他の事情も考慮されたうえで権利の濫用の主張が認められることがある。

5 その他・まとめ
このほかに、例えば、当初は同一のグループに所属していたXYが分裂し、XがYに権利行使した場合で、かつ、かつてXがYを含めた当該グループ内の他の者と共同で周知性・著名性の獲得に貢献していた場合3に、権利の濫用を認めた裁判例等も存在する。

権利の濫用について、要件化するのは難しいが、少なくとも裁判所は、権利の濫用該当性の判断の際、「商標法の目的や趣旨から考えて正当に標章が帰属すべき主体は誰か」という点を重視しているように思われる。

1 最判 平成2年7月20日民集44巻5号876頁
2 東京地判 平成11年4月28日判時1691号136頁
3 極真空手事件(大阪地判 平成15年9月30日判時1860号127頁)、梅花堂事件(大阪高判 昭和40年1月22日判時407号34頁)等

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