1 はじめに

弊所法律部門では、若手弁護士を中心として週に1度、裁判例の勉強会を開催している。今回は、その勉強会で取り上げた裁判例を紹介する。

2 事案の概要

発明の名称「渋味のマスキング方法」の特許につき、原告が無効審判を請求したところ、本件審判の請求は成り立たないとの審決がされたため、原告が、その取消しを求めた事案である。

3 発明の概要

(1)本件訂正発明1
茶、紅茶及びコーヒーから選択される渋味を呈する飲料に、スクラロースを、該飲料の0.0012 ~ 0.003重量%の範囲であって、甘味を呈さない量用いることを特徴とする渋味のマスキング方法。

(2)本件特許明細書の記載
【0013】
甘味の閾値とは、甘味物質の甘味を呈する最小値であるが、必ずしも絶対値としては表わされない。つまり、本発明者らの試験によれば、例えば、紅茶3gを100℃の熱水150gで3分間又は10分間抽出した液を試料としたとき、スクラロースの甘味の閾値は前者では0.0009重量%、後者では0.004重量%となることが確認されている。このため、甘味の閾値は、同一の高甘味度甘味剤でも製品中の渋味の種類あるいは強弱、塩味あるいは苦味などの他の味覚又は製品の保存あるいは使用温度などの条件により変動すると考えられるが、一般に甘味剤として使用する場合の量よりも小さい値である。したがって、本願における甘味の閾値以下の量とは、甘味を呈さない範囲の量であればよい。

4 本稿で取り上げる争点

「甘味閾値」の数値はパネラーによって変動するが、「甘味閾値」に基づいて規定される「甘味を呈さない量」は明確か(明確性要件(特許法36条6項2号))。

5 裁判所の判断

スクラロース水溶液におけるスクラロースの甘味閾値が記載されている甲10 及び甲54をみると、‥同じ極限法を用いて測定したスクラロース水溶液の甘味閾値として、甲10と甲54とでは約1.6倍異なる数値を記載している。

また、甲10と甲54は、水にスクラロースを添加したスクラロース水溶液において甘味閾値を測定したものであるが、本件明細書の段落【0013】に記載するように、飲料中のスクラロースの甘味閾値は、苦味などの他の味覚や製品の保存あるいは使用温度などの条件により変動するものであるから、各種飲料における甘味閾値を正確に測定することは、単なるスクラロース水溶液に比べて、より困難であると認められる。

しかも、甘味閾値の測定は、人間の感覚による官能検査であるから、測定方法の違いが甘味閾値に影響する可能性が否定できない‥。

そうすると、当業者は、同一の測定方法を用いた極限法によるスクラロース水溶液の甘味閾値であっても、2つの文献で約1.6倍異なる数値が記載されている上、訂正発明における各種飲料における甘味閾値の測定は、スクラロース水溶液に比べてより困難であるから、測定方法が異なれば、甘味閾値はより大きく変動する蓋然性が高いとの認識のもとに訂正明細書の記載を読むと解するのが相当である。

したがって、甘味閾値の測定方法が訂正明細書に記載されていなくとも、極限法で測定したと当業者が認識するほど、極限法が甘味の閾値の測定方法として一般的であるとまではいえず、また、極限法は人の感覚による官能検査であるから、測定方法等により閾値が異なる蓋然性が高いことを考慮するならば、特許請求の範囲に記載されたスクラロース量の範囲である0.0012~0.003重量%は、上下限値が2.5倍であって、甘味閾値の変動範囲(ばらつき)は無視できないほど大きく、「甘味の閾値以下の量」すなわち「甘味を呈さない量」とは、0.0012~0.003重量%との関係でどの範囲の量を意味するのか不明確であると認められるから、結局、「甘味を呈さない量」とは、特許法36 条6項2号の明確性の要件を満たさないものといえる。

‥(さらに、)「0.0012~0.003重量%」の範囲に甘味閾値が存在する場合には、特に正確に甘味閾値を測定する必要があり、誰が測定しても「甘味を呈さない量」であるか否かが正確に判別できるものでなければならない。

しかし、甘味閾値の測定は人の感覚による官能検査である以上、被告が主張するように、測定方法等が異なっても同等の結果が得られることは明白であるとする客観的根拠は存在せず、測定方法の違い等の種々の要因により、甘味閾値は異なる蓋然性が高く、被験者の人数や習熟度等に注意を払ったとしても、当業者が測定した場合に、「甘味を呈さない量」であるか否かの判断が常に同じとなるとはいえない。

6 まとめ

本裁判例は、「甘味を呈さない量」について、甘味の閾値を測定する際どの測定法で測定すればよいのか不明確であり、かつ、仮に「極限法」を用いても閾値について人によって大きなばらつきがあるため、結局「甘味を呈さない量」とはどの範囲の量なのかが不明確であるとしたものである。

本裁判例から考えられる出願実務上の注意点としては、次の3点が挙げられる。

  1. 特許請求の範囲に記載する物理量を選択する際は、測定によってばらつきの少ない種類の物理量を選択すべき。
  2. 測定方法は、測定によってばらつきのない方法を選択すべき。
  3. 測定方法によって値にばらつきがある場合、明細書にどの測定方法で測定したかを明記すべき。

【判決文】
知財高判 平成26年3月26日(平成25年(行ケ)第10172号)

 

※この記事は一般的な情報、執筆者個人の見解等の提供を目的とするものであり、創英国際特許法律事務所としての法的アドバイス又は公式見解ではありません。