1 はじめに

ゲノム編集技術として、昨今もっとも注目を集めているのが、「CRISPR/Cas9」である。

ヒト、動植物を含むすべての生物において、ゲノムは基本設計書たる役割を果たしており、4つの塩基配列ATCGの組合せによって構成されている。このため、ゲノムを自由に編集できるようになることは、とりもなおさず、生物の基本設計書を自由に編集できるようになることを意味する。

現にゲノム編集技術によって、「筋肉量の多い真鯛」、「伝染病にかかりにくい豚」、「成長速度が上昇したトラフグ」等、様々な研究成果が多数報告されている。

本稿では、「CRISPR/Cas9」について簡単に説明し、その後、かかるゲノム編集技術を巡る特許紛争について概観したい。

2 「CRISPR/Cas9」とは?

(1)細菌の免疫システムとして

CRISPR/Casシステムとは、細菌がウイルスに対抗するために獲得した免疫システムであった。

細菌は、自らを襲撃したウイルスが注入したDNAの断片を、自らの塩基配列のCRISPR中に埋め込む。そして、CRISPR/Casシステムは、再度上記ウイルスが襲撃してきた場合に、上記DNA配列と相補的なRNA配列が、侵入してきたDNA配列にくっつき、さらにCas9がこのDNAを切断して無効化するという働きをするのである。

このように、CRISPR/Casシステムは、あたかもウイルスの指名手配書としての働きを有し、免疫システムの役割を果たすのである。

(2)ゲノム編集技術として

ゲノム編集技術としては、「CRISPR/Cas9」以外にも、旧世代のものとして「ZFN」、「TALEN」等がある。

ただ、「ZFN」や「TALEN」では、タンパク質の塩基配列認識・結合ドメインが、標的とする塩基配列に結合等する。そして、このタンパク質の塩基配列認識・結合ドメインの三次元的構造を、標的とする塩基配列ごとに結合するように設計・作製することはとても煩雑なものであった。

これに対し、「CRISPR/Cas9」では、短鎖RNAが、標的とする塩基配列へのガイド役を果たしている。そして、短鎖RNAを、標的とする塩基配列と相補的なものにして結合するよう設計・作製することは容易である。

したがって、「CRISPR/Cas9」は、標的とする塩基配列に対して汎用性があり、使い易さという点において、旧世代のゲノム編集技術に比べて優れているといえる。

CRISPR/Cas9

3 「CRISPR/Cas9」を巡る特許紛争

(1)米国での特許紛争

ダウドナ教授(米カリフォルニア大学バークレイ校(以下「UC」という。))らは、ゲノム編集技術「CRISPR/Cas9」に関する論文を、2012年6月サイエンス誌に発表した(掲載号は8月)。そして、これに先立つ同年5月25日に米国にて仮出願をしており、「CRISPR/Cas9」に関する基本特許を取得するものと考えられていた。

他方で、チャン博士(米ブロード研究所(以下「ブロード」という。))らは、同年12月12日に「CRISPR/Cas9」に関して米国に仮出願をし、その後2013年10月15日に優先権主張出願をし、早期審査を経て特許が付与された。

これに対し、UCは、ダウドナ教授らの発明とチャン博士らの発明は同じ発明であり、ダウドナ教授らの方が先に発明をしたとして、USPTOにインターフェアレンスを提起した。

しかし、USPTO(2017年2月15日審決)(PDF)及びCAFC(2018年9月10日判決)のいずれもが、チャン博士らの発明は、真核細胞に関するものであり、ダウドナ教授らの発明とは異なるため、インターフェアレンスは存在しないとの判断をした(より具体的には、「CRISPR/Cas9」を真核細胞に応用する動機付けが存在したとしても、自明性の認定に必要となる成功の合理的期待はなかったとしている。)。

  • UCによる当該出願(出願番号 13/842859)の公開公報及び審査経過(Global Dossier)へのアクセスはこちら
  • インターフェアレンスに関するUSPTOの審決(Judgement)ではブロードによる対象特許及び出願が合計13件リストされており、CAFCの判決ではUS 8697359のクレーム1が代表クレームとして挙げられている。

なお、今回のインターフェアレンスと直接の関係はないが、UCは、当該出願(出願番号 13/842859)を基礎出願の1つとしている米国特許(US 10113167)を2018年10月30日に取得している。本特許の審査では、米国特許法101条(特許適格性)に関する拒絶理由が示され、クレームされている発明(non-naturally occurring DNA-targeting RNA)が全体として自然物/天然物(products of nature)を記載したものとなっているか否か等が争われており(例えば、18.12.2017 Non-Final Rejection(PDF)、25.07.2018 Notice of Allowance and Fees Due(PDF)参照)、出願実務においても参考になる点があると考えられる。

(2)日本での「CRISPR/Cas9」の基本特許

日本では、UCの特許出願に対して特許(第6343605号)が付与されており、その際の特許メモには、真核細胞内でのゲノム編集に関する発明の判断基準日についても「2012年5月25日」であるとするメモが残されている(欧州特許庁の審査経過(Global Dossier)における2018年4月23日付けの特許メモ(PDF)参照)。

ブロードの特許出願(特表2016-500262)に対しては、ツールジェン社(優先日2012年12月6日)とシグマアルドリッチ社(優先日2012年10月23日)の特許出願に基づいて拡大先願(29条の2)の拒絶理由等が出されており、2018年11月12日に拒絶査定が発送されているが、本稿執筆の時点では審判請求の記録は見当たらない。なお、本件には分割出願(特開2016-171817)が存在するが、拡大先願等を理由に2018年10月1日に拒絶審決が発送されている(不服2017-013796)。

リトアニアのヴィリニュス大学の特許出願(特表2015-510778)は「インビトロ」におけるゲノム編集に限定されているものの既に特許査定(2018年9月18日)がなされ、特許(第6423338号)が付与された。

今後、日本において、改良バージョンも含めて「CRISPR/Cas9」に関する基本特許について、どのような勢力争いが繰り広げられるのか、目が離せないところである。

【参考】
日本特許庁「特許出願技術動向調査等報告平成28年度特許出願技術動向調査報告書(概要)ゲノム編集及び遺伝子治療関連技術(PDF)」

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