2018年11月25日、欧州連合(EU)の臨時首脳会議にて、イギリスのEU離脱(ブレグジット;Brexit)の条件に関する「離脱協定(Withdrawal Agreement)」と、将来の関係についての大枠を示す「政治宣言(Political Declaration)」とが正式合意に達した。本稿では下記についての概要及び本稿執筆時点(2018年12月末)の状況を紹介する。

  • 離脱協定における商標及び意匠の取り扱い
  • 「合意なき離脱」となる場合における商標及び意匠の取り扱い
  • 今後の欧州連合商標及び登録共同体意匠の新規出願等に関する留意点
  • イギリスの代理人による欧州連合商標及び登録共同体意匠の手続代理
  • 欧州単一特許制度に関する統一特許裁判所協定のイギリス残留について

(1)離脱協定における商標及び意匠の取り扱い
599ページにわたる「離脱協定」において、知的財産に関する条項は第5章(TITLE IV)の54条~61条に示されており、欧州連合商標(EUTM)及び登録共同体意匠(RCD)の取り扱いに関する合意には、以下の1.~3.等の内容が含まれている。

  1. 移行期間満了前に登録済みのEUTM及びRCDについては、再審査なしで、イギリスで同等の権利を取得可能(54条1.(a)及び(b)
  2. 登録済みのEUTM及びRCDをイギリスにおける同等の権利とする移行措置を自動的かつ無料とすること(55条1.
  3. 移行期間満了前に係属中のEUTM及びRCDは、移行期間の満了後9か月以内にイギリスに再出願可能(59条1.

移行期間については合意発効日から2020年12月31日までが原則となっている点(126条)は2018年3月19日付け公表の案と同様だが、最大1又は2年の延長に関する規定が追加された(132条)。

また、「政治宣言」では、「VII. INTELLECTUAL PROPERTY」の44.~47.において、国際条約、保護レベル及び消尽のほか、情報交換の協力に関する事項が示されている。

(2)「合意なき離脱」となる場合における商標及び意匠の取り扱い
2018年12月末時点での注目は、イギリス議会が離脱協定を承認にするか否かに移っている。2018年12月11日に予定されていた議会の採決は2019年1月14日の週に延期されたが、報道によれば、承認のメドは立っていないとされている。

仮に議会の採決で否決され、最終的に合意なき離脱(いわゆる「No Brexit Deal」)となった場合、商標及び意匠については、イギリス政府が2018年9月24日付けで公表した文書(technical notices)に示されている内容に沿って、2019年3月29日の離脱期限後の移行期間が設定されない形で上記1.~3.と同様の措置が取られる見込みとなっている。しかしながら、当該文書では上記1.及び2.に関連する言及については「最小限の行政的負担(minimal administrative burden)」での措置とされているなど、「移行措置を自動的かつ無料とすること」とある離脱協定と比べて曖昧な点も含まれている。

(3)今後の欧州連合商標及び登録共同体意匠の新規出願等に関する留意点
欧州連合商標(EUTM)については、欧州連合知的財産庁(EUIPO)の年次報告書によれば出願から登録までに早期審査であっても4か月弱の期間を要するとされている。そのため、合意なき離脱となる場合、2018年12月以降の出願は2019年3月29日の離脱期限前に登録を受けることができないと考えられる。

そこで、合意なき離脱への対策として「9か月以内の再出願」を前提とせずに、EUTMと並行してイギリスへ直接出願を行うことが選択肢となる。しかしながら、合意に至った場合には、原則2020年12月31日までの移行期間が設定され、並行して行ったイギリスへの直接出願が無駄になるため、案件の重要性等の個別の事情に応じた判断が求められることになる。

一方、登録共同体意匠(RCD)の出願についてはファストトラックの手続きに乗ると出願から1~2日で登録になり、通常でも3営業日程度で登録となることから、合意なき離脱となるか否かを離脱期限ぎりぎりまで検討することが可能と考えられる。

なお、イギリスは、商標についてはマドリッド協定議定書の加盟国であり、意匠についてはハーグ協定の加盟国である。そのため、国際出願を利用する場合には、合意なき離脱への対策として、欧州連合(EUTM又はRCD)とは別途にイギリスを指定することも選択肢となる。

また、上述のように、合意なき離脱となるか否かに関わらず、登録済みのEUTM及びRCDについてはイギリスにおける同等の権利を取得可能とする移行措置が実施される予定ではあるが、合意なき離脱となる場合、更新可能な時期となっている登録については2019年3月29日の離脱期限前に手続きを行うことで、欧州連合とイギリスで別途に費用を支払う必要がなくなるものと考えられる。

(4)イギリスの代理人による欧州連合商標及び登録共同体意匠の手続代理
離脱期限後においてイギリスの代理人が欧州連合知的財産庁(EUIPO)に対する手続の代理が可能であるか否かについては、上述のイギリス政府の2018年9月24日付公表の文書に明示的な説明はない。この点について、イギリス知的財産庁は、イギリスの代理人が引き続き関与できる方向で調整していく方針を示しているが、合意なき離脱となる場合の対応は明確ではない。

しかしながら、実際には、イギリスを本拠地とする法律事務所であっても、日本からの出願を代理している事務所はEU域内のドイツ等に支所を有していることが珍しくない。そのため、個別の確認は必要であるが、実務上はブレグジットに起因するイギリス代理人の問題が生じないケースも多くなることが予想される。

(5)欧州単一特許制度に関する統一特許裁判所協定のイギリス残留について
合意なき離脱となる場合に関して、2018年9月24日付けでイギリス政府が公表した文書のうち特許に関する部分では、EU離脱に起因する直接的な影響がない欧州特許条約(EPC)に関する言及はわずかだが、欧州統一特許裁判所(UPC)については、合意なき離脱となった後に欧州統一特許裁判所(UPC協定)が発効した場合であっても、イギリスは枠組みに残留する意向であることが明示されている。

なお、UPC協定については、統一特許裁判所が2018年12月19日付けでウェブサイトを更新しているが、ドイツの連邦憲法裁判所による合憲性の判断待ちのために同国の批准が遅れている問題とあわせて、2018年4月にイギリスが同協定を批准したことについての言及はあるものの、ブレグジット後もイギリスが枠組みに残留できるか否かに関する説明はない。

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このように、いずれのシナリオで進むことになっても、知的財産の分野については混乱が最小限になる方向でイギリス政府が対応するとみられるが、合意なき離脱となる場合には、出願人・権利者が離脱期限前に早期の対応を取るべき場面も想定される。したがって、2019年1月14日の週に予定されている採決においてイギリス議会が離脱協定を承認するか否かに注目する必要がある。

【出典】
(1)イギリス政府「Withdrawal Agreement and Political Declaration
(2)イギリス知的財産庁「IP and BREXIT: The facts」※同タイトルで別URLにて2019年1月16日付けで公表されたが、前日に議会下院で否決されたことへの言及は見受けられず、「合意なき離脱(no Brexit deal)」となった場合に関する文書(technical notices)は更新されていない
(3)イギリス政府「Trade marks and designs if there’s no Brexit deal」、「Patents if there’s no Brexit deal
(4)ジェトロ・欧州知的財産ニュース「2018年7月5日 欧州連合知的財産庁(EUIPO)、2017年年報を公表(PDF)」
(5)ジェトロ「英国のEU離脱に関する法律・制度上のガイドブック(2018年10月)」、「英国のEU離脱(ブレグジット)に向けた日本企業の留意点(2018年10月)
(6)欧州特許庁「EPO and CIPA: no impact of Brexit on UK membership of EPO
(7)欧州統一特許裁判所「Status of Unified Patent Court Project – 19 December 2018

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***更新情報(2019年1月17日)***
2019年1月16日付けで出典(2)と同名の情報が別URLで公表されたことを追記

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