1 はじめに
弊所において、先使用(又は公然実施)に関するご相談が増えている。その多くは、新たに出願された特許について、以前より製造していたお客様の製品が抵触することになるため、先使用による通常実施権が認められるか、どのような証拠を集めればよいか、などといったご相談である。また、将来の特許出願に備え、先使用又は公然実施を主張するために今のうちにどのように証拠化すべきかというご相談もいただいている。

そこで、今回は、現在ご相談が増えている先使用に関連して、先使用による通常実施権を有するとした被告の主張を認めなかった近時の裁判例を紹介する。

2 裁判例
①特許法79条にいう「発明の実施である事業…の準備をしている者」とは,少なくとも、特許出願に係る発明の内容を知らないで自らこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者でなければならない(最判昭和61年10月3日 民集40巻6号1068頁参照)。よって、控訴人が先使用権を有するといえるためには、サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明でなければならない。

本件発明2 「次の成分【省略】を含有し、かつ、水分含量が1.5~2.9質量%である固形製剤が、気密包装体に収容してなる医薬品。」

②サンプル薬の水分含量
(控訴人は、サンプル薬の水分含量を測定しているところ、)サンプル薬を製造から4年以上後に測定した時点の水分含量が本件発明2の範囲内であるからといって、サンプル薬の製造時の水分含量も同様に本件発明2の範囲内であったということはできない。また、実生産品の水分含量が本件発明2の範囲内であるからといって、サンプル薬の水分含量も同様に本件発明2の範囲内であったということはできない。かえって、サンプル薬の顆粒の水分含量を基に算出すれば、サンプル薬の水分含量は本件発明2の範囲内にはなかった可能性を否定できない。その他、サンプル薬の水分含量が本件発明2の範囲内にあったことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、控訴人が、本件出願日までに製造し、治験を実施していた…サンプル薬の水分含量は、いずれも本件発明2の範囲内(1.5 ~ 2.9質量%の範囲内)にあったということはできない。

③サンプル薬に具現された技術的思想
(1)仮に、本件…サンプル薬の水分含量が1.5~2.9質量%の範囲内にあったとしても、以下のとおり、サンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であるということはできない。

(2)本件発明2の技術的思想
前記…のとおり、本件発明2は、ピタバスタチン又はその塩の固形製剤の水分含量に着目し、これを2.9質量%以下にすることによってラクトン体の生成を抑制し、これを1.5質量%以上にすることによって5-ケト体の生成を抑制…(する)という技術的思想を有するものである。

(3)サンプル薬に具現された技術的思想
控訴人が、本件出願日前に、サンプル薬の最終的な水分含量を測定したとの事実は認められない。サンプル薬に含有される…水分含量について…控訴人が、サンプル薬の水分含量が一定の範囲内になるよう管理していたということはできない。
イ さらに、…控訴人は、サンプル薬の水分含量には着目していなかったというほかない。
ウ したがって、控訴人は、本件出願日前に本件…サンプル薬を製造するに当たり、サンプル薬の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内又はこれに包含される範囲内となるように管理していたとも、1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値となるように管理していたとも認めることはできない。

④以上のとおり、本件発明2は、ピタバスタチン又はその塩の固形製剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内にするという技術的思想を有するものであるのに対し、サンプル薬においては、錠剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内又はこれに包含される範囲内に収めるという技術的思想はなく、また、錠剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値とする技術的思想も存在しない。

そうすると、サンプル薬に具現された技術的思想が、本件発明2と同じ内容の発明であるということはできない。

3 まとめ
発明とは「自然法則を利用した技術的思想の創作(のうち高度なもの)」(特許法2条1項)であり、特許法79条には、「特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし…」と規定されているため、先使用の抗弁が認められるためには、偶然特許発明と同じ組成の物質を製造していたことだけではなく、当該物質に具現化された技術的思想が、当該発明と同じ内容の発明でなければならない。

本件においては、サンプル薬において、錠剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内又はこれに包含される範囲内に収めるという技術的思想、または錠剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値とする技術的思想が存在している必要がある。

すなわち、偶然(意図せず)その数値範囲に含まれる製品を製造していたのみでは足りず、水分量に着目し、その数値範囲若しくはこれに包含される範囲内に収めるように又はその数値範囲内の一定の数値となるように製造していたことが必要となる。

【判決文】
最判 昭和61年10月3日(民集40巻6号1068頁):最高裁判例-全文
知財高判 平成30年4月4日(平成29年(ネ)10090、髙部裁判長):知財高裁判例集-全文及び要旨

【参考】
特許庁「先使用権制度について

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