1 はじめに
「判例」については、これまでも紹介させていただいております。今回は、「そもそも判例(裁判例)とは何か」、「裁判例を知っていることのメリットとは」といった、民事裁判例の基本について、(私自身の理解の整理も兼ねて、)まとめてみたいと思います。

2 判例(裁判例)とは何か
裁判所は、和解等で訴訟が終了しない限り、最終的には「判決」・「決定」という形で、判断を外部的に表示します。

「判例」と「裁判例」の区別について、実は定義はありません。一般的に、「判例」とは、先例性を有する重要な判決・決定(最高裁判所の判決・決定の場合が多いです。)を意味し、これを含むその他全ての判決・決定(最高裁、高裁、地裁、簡裁)をひっくるめて、「裁判例」と言うことが多いようです。したがって、

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のようなイメージになります。これ以降は、法令上の文言を除き、「裁判例」という呼び方で記載していきます。

3 裁判所の判断過程
裁判所は、特定の事件について審理します。その中で、原告と被告が証拠を出し合うことにより、「A」という事実が認められたとします。

ここで、「Aの時はB」というルールが法律で定められている場合、「A」という事実が認められたことにより、「B」という効果が生じます。

(例えば、民法473条は、「債務者が債権者に対して債務の弁済をしたとき(=A)」には、「その債権は、消滅する。(=B)」と定められています。)

そして、裁判所は、「Aという事実が認められるから、Bという効果が生じる」と判断し、このような内容を記載した判決を出すことになります。

4 裁判例の重要性
(1)先例の拘束性?
「裁判は判例どおりになるからAIで良い」という言説がありますが、実は、「判例どおりになる」という部分には、誤りが含まれています。

日本の法律は、先例拘束性を認めていないので、判例は、その後の裁判所の判断を法律上拘束しません。したがって、裁判所は、先例と異なった判断をすることは自由です(憲法76条3項も、裁判官は「この憲法と法律にのみ拘束される」とあり、「判例に拘束される」とは書いていません。)。

それでは、裁判例は、その後の裁判において、まったく意味を持たないのでしょうか。

(2)上告の場合
日本では、地裁(以下、地裁が第一審となる場合を想定します。)の判断について、高裁に不服を申し立てることを「控訴」、高裁の判断について最高裁に不服を申し立てることを「上告」といいます。

「控訴」は、原則として地裁の判断に不服があるだけで可能です。しかしながら、最高裁への「上告」は、民事訴訟法(以下「民訴法」といいます。)312条1項、2項に当たる場合しかすることができず、控訴審である高裁の判断に対し、単に不服があるだけでは「上告」できない制度になっています。

最高裁が上告審として判断を示すことになる場合について、「上告」のほかに、「上告受理の申立て」という制度があります(民訴法318条)。これは、高裁による判決について、過去の最高裁の判例(これがない場合には大審院(=昔の最終審)や高裁の判例)と相反する判断がある事件等について、最高裁がこれを上告審として取り上げることを決定することで、上告審の扉が開かれる制度です。

したがって、最高裁の判例は、具体的な事件について、上告審である最高裁に審理され得るか否かの判断において参照されることになります。

他方で、下級審(高裁、地裁、簡裁)の裁判例は、原則として、「●●裁判所が、■■、▲▲という事実のもとに、◆◆という判断をした」という参考になるに過ぎません。

以上をまとめると、最高裁の裁判例と、下級審の裁判例では、法律上、明確に取扱いが異なっています。

(3)上告受理申立て事由となっていることの事実上の意義
(1)で述べたように、日本の法律は、裁判例に先例拘束性を認めていません。しかし、(2)で述べたように、控訴審である高裁が、最高裁の裁判例に反する判断をした場合には、上告受理申立てにより、最高裁による判断がなされ得ることになります。

最高裁では、3つの「小法廷」に事件が振り分けられますが、判例を変更する場合には、最高裁判事全員で審理する「大法廷」で判断することになります。判例の変更は、めったに起きません。

そうすると、判例があるにもかかわらず、合理的な理由もなく、判例と異なる判断をした場合には、上告審である最高裁において破棄され、判例に沿った判断になるようにひっくり返されたり(「自判」)、もう一度下級審において判断させる「差戻し」になり得ます。したがって、事実上は、最高裁の判例を前提に、下級審の判断がなされる、ということになります。

5 裁判例を知っていることのメリット
(1)事案の見通し
最高裁の裁判例で前提とされた事実と同じような事案では、最高裁の判断と同様の判断がなされる、という見通しを持つことができます。このような見通しは、訴訟になる前の段階で、いわゆる「勝ち筋/負け筋」を判断するために必要であり、積極的に訴訟を提起するか、それとも訴訟に至らないように事前に問題を解決して防衛しておくか、といった経営判断の前提にもなります。

(2)全体的な傾向の把握
下級審の裁判例は、上告受理申立てをする際の最高裁裁判例のような、法律上の意義はありません。しかしながら、4(2)で述べたようなシステムの中では、全ての事案において最高裁の実質的な判断が出ることはありません。そうすると、下級審の段階において、どういった事案でどういった判断がなされる傾向にあるのか、といった点については、下級審の裁判例を多く知っておくことで、これを把握することができます。

6 おわりに
裁判例を知っていても、現在生じている/これから生じる紛争について、その裁判例が参考になるのか、上告受理申立ての基礎にすることができるのかといった点は、明確に判断することが難しい場合があります。また、裁判例を参考にできる限界などについても検討する必要があります。

こうした場面では、裁判例を日常から扱っている弁護士に相談することが、結果的に速やかな意思決定等に資する場合も多いと思われます。

※この記事は一般的な情報、執筆者個人の見解等の提供を目的とするものであり、創英国際特許法律事務所としての法的アドバイス又は公式見解ではありません。