1 はじめに
特許侵害訴訟において損害賠償請求をする場合、東京地方裁判所及び大阪地方裁判所は、原則として2段階審理方式を採用している。

第1段階において特許権侵害の有無(充足論及び無効論)を審理し、裁判所が侵害(充足かつ有効)の心証を得た場合、裁判所によって当事者に心証開示がなされたあとに第2段階として、損害額の審理(損害論)に入ることとなる。なお、心証とは、裁判所が内心的に判断することである。

通常、民事訴訟における不法行為に基づく損害賠償請求では、例えば交通事故における損害賠償請求を想像すると、治療費や車の修理代など、原告側に証拠が存在している場合が多い。他方で特許侵害訴訟では、侵害品の販売数量や売上に関する帳簿など、被告側に証拠が存在している場合が多い。そして、原告が損害額を自ら立証することは困難であるため、これを容易にするため、文書提出命令などの制度が存在する。以下、損害論の主張立証の流れを説明したうえで、文書提出命令の制度を説明する。

2 損害論の主張立証の流れ
まずは、原告において、損害の根拠規定(特許法102条1項~3項のいずれによるものか)を明らかにして、侵害品の譲渡数量や販売額、利益率等を主張する。これに対し、被告が、原告の主張について、認否(原告の主張を認めるか争うかを主張すること)を行う。被告が争う場合は、具体的な数量や数額等を示して争うこととなる。

そして、なおも当事者の間で損害の認定の基礎となる数字に争いがある場合、原則として原告が立証すべきではあるものの、被告が、損害の認定に必要な資料を任意に提出することとなる。もしも被告が損害の認定に必要な資料を任意に提出しない場合は、特許法105条の文書提出命令を利用することとなる。

また、これらの資料が提出された場合であっても、会計の専門知識が必要となる場合がある。このような場合には、計算鑑定制度(民訴法213条)を利用することとなり、裁判所が指定した鑑定人(公認会計士等)が当事者(被告)の会社の事務所等に赴いて、帳簿等の鑑定調査を行う。特許法105条の2の11(令和元年改正前の条文番号は特許法105条の2)では、当事者(被告)は、鑑定人に対して鑑定をするため必要な事項について説明しなければならない旨を定めている。これによって、損害立証の迅速化及び効率化を図っている。

以上の流れで立証された事実を基に、裁判所が損害額を認定することとなる。

3 文書提出命令
特許法105条1項は、以下のように規定している。
20210120lawtopics(1)概要
特許法105条の文書提出命令は、裁判所が、当事者(主に原告)の申立てによって、相手方(主に被告)に対して、(侵害行為の立証又は)損害の計算をするための必要な書類の提出を命じることができる制度である。「正当な理由」がある場合には、文書の所持者は提出を拒むことができる。「正当な理由」は、書類を開示することにより所持者が受ける不利益(営業秘密の漏えい等)と、書類が提出されないことにより申立人が受ける不利益(訴訟追行上の必要性)とを比較衡量して判断されるとされている。

(2)インカメラ手続
文書提出命令の申立てがなされた場合、その書類が①「損害の計算をするための必要な書類」かどうか、また、②「正当な理由」があるかどうかについて、当該文書を見なければ判断できないことが多い。そこで、この2つの要件を判断するために必要な場合には、裁判所は、インカメラ手続を用いて当該書類を所持者に提示をさせることができる(特許法105条2項)。

インカメラ手続とは、裁判所に限り当該書類を提示させる手続である。なお、平成30年特許法改正によって、②の要件のみならず①の要件についてもインカメラ手続を用いることができる旨規定された。また、同年改正によって、裁判所は、①及び②の判断に際し、専門的な知見に基づく説明を聴く必要がある場合は、当事者の同意を得て、専門委員にも当該書類を開示することができる旨規定された(特許法105条4項)。

(3)文書提出命令に従わない場合
文書提出命令が発出された場合に、この命令に従わない場合や、申立人の使用を妨げる目的で提出義務のある文書を滅失させたりした場合には、裁判所は、当該文書の記載に関する相手方(所持者に対する相手方であるため、文書提出命令の申立人(主に原告)ということとなる)の主張を真実と認めることができる(民訴法224条1項、2項)。

参考文献:
東京地裁知財部『特許権侵害訴訟の審理モデル(損害論)』(https://www.courts.go.jp/tokyo/vc-files/tokyo/file/tizai-songairon1.pdf)
髙部眞規子編『特許訴訟の実務(第2版)』(商事法務 2017年)213頁以下
東京地裁知財部『特許権侵害訴訟の審理要領』(https://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/singairon/index.html)
特許庁総務部総務課制度審議室編『令和元年特許法等の一部改正産業財産権法の解説』(発明推進協会 2020年)31頁以下
同『平成30年特許法等の一部改正産業財産権法の解説』(発明推進協会 2019年)21頁以下

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