特許 令和4年(行ケ)第10059号「ガラス、プレス成形用ガラス素材、光学素子ブランク、および光学素子」(知的財産高等裁判所 令和5年6月15日)
【事件概要】
この事件は、特許無効審判の請求を不成立とした審決の取消しを求める事案である。
裁判所は原告の請求を棄却した。
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【争点】
本件発明について、具体例により示される試験結果による裏付けがされているといえるか否か。
【結論】
本件明細書には、本件組成要件及び本件物性要件の全部を満たす実施例がそもそも記載されていない。さらに、本件発明の光学ガラスは多数の成分で構成されており、その相互作用の結果として特定の物性が実現されるものであるから、個々の成分の含有量と物性との間に直接の因果関係を措定するのが困難であることは顕著な事実である。そうすると、…好ましい数値範囲等の開示事項から直ちに、本件組成要件と本件物性要件とを満たすガラスが製造可能であると当業者が認識できるものではなく、具体例により示される試験結果による裏付けを要するものというべきである。
本件出願当時、光学ガラス分野においては、ターゲットとなる物性を有する光学ガラスを製造する通常の手順として、既知の光学ガラスの配合組成を基本にして、その成分の一部を当該物性に寄与することが知られている成分に置き換える作業を行い、ターゲットではない他の物性に支障が出ないよう複数の成分の混合比を変更するなどして試行錯誤を繰り返すことで、求める配合組成を見出すという手順を行うことは技術常識であったと認められ…。…、当業者であれば、本件明細書には本件発明1の物性要件を満たすような成分調整の方法が説明されていると理解できる。そうすると、当業者において、本件明細書で説明された成分調整の方法に基づいて、参考例を起点として光学ガラス分野の当業者が通常行う試行錯誤を加えることにより本件発明1の各構成要件を満たす具体的組成に到達可能であると理解できるときには、本件発明1は、発明の詳細な説明の記載若しくは示唆又は出願時の技術常識に照らし課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。
本件明細書には、各成分と作用についての説明を基に、…SiO2を増量し、又は…ZnOを減量する成分調整することにより、上記各参考例のガラス転移温度を本件物性要件を充足する範囲内に調整できることが説明されているといえ、光学ガラス分野の当業者であれば、上記いずれかの方法に沿って技術常識である通常の試行錯誤手順を行うことで本件組成要件及び本件物性要件を満たすガラスが得られ、それにより本件発明の課題を解決できると認識できるものといえる。
【コメント】
原告は、「本件組成要件と本件物性要件を同時に充たす実施例が明細書中に1つも記載されていないため、当業者は試行錯誤の出発点も成分調整をすべき対象も絞り込むことができず、本件組成要件及び本件物性要件を満たすガラスに至ることは本件発明の構成要件を充足する新たな発明をするということに等しく、過度の試行錯誤を要するものである」旨主張したが、裁判所は過度の試行錯誤を要さないとして原告の主張を採用しなかった。