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[特許/欧州]欧州拡大審判部審決G1/23(分析又は再現不可能な製品の販売は 公然実施となるのか)

1.はじめに

 太陽電池(Solar Cell)に関する欧州特許(EP2626911)に対する異議申立において却下決定がされたため、異議申立人が審判(Appeal)請求を行った。その審判事件であるT438/19において、「公衆への利用可能性」の解釈に関して拡大審判部に付託がされ(G1/23)、その結論が2025年7月2に公表された。(以下、本稿において、英文で公表されている文書の和訳は本稿筆者による。)

 

2.本件特許

 審理の対象となったクレームは以下のとおりである。

「1. 太陽電池の封止材として適した材料であって、

(a1)エチレン由来の構造単位を80~90モル%、C3-20(α-オレフィン)由来の構造単位を10~20モル%含有するエチレン/α-オレフィン共重合体、 

(a2)ASTM D1238に従い190℃、2.16kg荷重下で測定したMFRが10~50g/10分、 

(a3)ASTM D1505に従い測定した密度が0.865~0.884g/cm³、 

(a4)ASTM D2240に従い測定したショアA硬度が60~85、 

(a6)アルミニウム元素含有量が10~500ppm、を含有するもの。」

 

3.T438/19の概要

 T438/19では、D1(証拠文献1)の実施例3(特許権者による市販品ENGAGE 8400)に基づき、上記請求項1の進歩性が問題となった。

 控訴人(Appellant)は、D1に記載され、太陽電池モジュールの製造に適するとされるENGAGE 8400が、最も近い先行技術(state of the art)であると主張した。ENGAGE 8400は、アルミニウム含有量(4.4ppm)以外は請求項1の要件を全て満たす。

 被控訴人(Respondent:特許権者)は、G 1/92 Opinionを根拠にENGAGE 8400の再現性に疑義を呈し、同製品は進歩性判断の最近接先行技術となるべきでないとした。

 控訴人は、ENGAGE 8400の再現性が完全である必要はなく、密度、MFR、ショア硬度、共重合体含有量などの特性と製品自体が公知である以上、これらの情報を無視するのは不合理であると主張した。

 被控訴人は、ENGAGE 8400が市販され、請求項1の全ての特性(アルミニウム含有量を除く)を満たすことは争わないが、G 1/92 Opinion等に基づき、ENGAGE 8400は欧州特許条約(EPC)第54条(2)の意味で公衆に提供されていないと主張した。

 被控訴人はまた、当業者が過度の負担なくENGAGE 8400そのものを正確に再現できることが必要であり、合成条件や触媒が不明なまま市販ポリマーをリバースエンジニアリングするには膨大な研究が必要で、成功も保証されないため、過度の負担となり、ENGAGE 8400は先行技術とならないと主張した。

 

4.G 1/92の内容

 「公衆に利用可能になっているか」すなわち、公然実施品と呼べるかは、先例であるG 1/92で判断されており、下記(Head Note)のとおり、当業者が分析及び再現できるかが基準となっている。

  1. ある製品が公衆に入手可能であり、かつ当業者によってその化学組成が分析・再現できる場合、その製品の化学組成は先行技術(state of the art)となる。これは、その組成を分析する特別な理由が特定できるかどうかに関わらない。
  2. 同じ原則が他の製品にも準用される。

 

5.付託の内容

 そこで以下の質問が拡大審判部に付託された。

1.欧州特許出願の出願日前に市場に出された製品は、その組成または内部構造が当該日以前に当業者によって過度の負担なく分析・再現できなかったという唯一の理由により、EPC第54条(2)の意味における先行技術から除外されるべきか? 

2.質問1の答えが「いいえ」の場合、当該製品について出願日前に公衆に提供された技術情報(例:技術パンフレット、非特許文献または特許文献の公表)は、その組成または内部構造が当業者によって過度の負担なく分析・再現できたか否かにかかわらず、EPC第54条(2)の意味における先行技術となるか?

3.質問1の答えが「はい」または質問2の答えが「いいえ」の場合、G 1/92 Opinionの意味において、製品の組成または内部構造が過度の負担なく分析・再現できるか否かを判断するために適用すべき基準は何か?特に、組成及び内部構造が完全に分析可能かつ同一に再現可能であることが必要か? 

 

6.G1/23の決定(Written Decision)

 G1/23の決定(Written Decision)の要旨は以下の通りである(Head Note)。当該決定によれば、付託された質問1及び2は「いいえ」及び「はい」となり、質問3は対象外となる。

  1. 欧州特許出願の出願日前に市場に出された製品は、その組成や内部構造が当該日以前に当業者によって分析・再現できなかったという唯一の理由だけで、EPC第54条(2)の意味における先行技術から除外されることはない。
  2. そのような製品について出願日前に公衆に提供された技術情報は、当業者が当該日以前に製品及びその組成や内部構造を分析・再現できたか否かにかかわらず、EPC第54条(2)の意味における先行技術の一部を構成する。

 なお、上記I.II.には、付託の質問1.2.にあった「過度の負担なく」の文言は記載されていない。

 ところで、異議申立人は、「分析により得られた技術情報を、製品自体を再現できないからといって当業者が無視することはない。例えば、コカ・コーラが知られておらず先行技術にならないと考えるのは明らかに不合理である。」と主張したが、これはまさしく今回の決定の本質を突いているように思われる。

 

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