特許 令和5年(行ケ)第10147号「RNA依存性標的DNA修飾およびRNA依存性転写調節のための方法および組成物」(知的財産高等裁判所 令和7年6月26日)
【事件概要】
この事件は、特許無効審判の請求を不成立とした審決の取消しを求める事案である。
裁判所は原告の請求を棄却した。
【争点】
本件発明がパリ条約4条A項により第1出願に基づく優先権主張の利益を享受することができるか否か。
【結論】
本件発明について、第1優先基礎出願に基づくパリ条約による優先権の主張が認められるかどうかは、特許請求の範囲だけではなく、実質的にみて第1出願書類の明細書を含む出願書類全体に記載されていると認められる事項に基づき判断すべきものである。仮に本件発明が第1出願書類全体の記載に本件優先日当時の当業者の技術常識を組み合わせたとしても当業者において実施することができなかった発明であると認められる場合は、本件発明は、第1出願書類の全体に記載されていた事項であるとは認められず、パリ条約による優先権の主張の効果は認められないというべきである。したがって、本件発明が、実質的に第1出願書類の全体に記載されていると認められるためには、当業者が第1出願書類の全体の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤等を要さずに本件発明を実施することができたと認められる必要がある。
…。
以上のとおり、第1出願書類には、遺伝子操作に関する従来技術に代わり得る技術を提供するものとして、標的DNAを部位特異的に修飾するCRISPR/Cas9システム(DNA標的化RNAと部位特異的修飾ポリペプチドの複合体)の技術が開示され、その構成や、複合体の作成・細胞内への導入の方法(真核細胞に対するものを含む。)、その標的DNAの切断の機序が具体的に記載されている。
これらの記載によれば、第1出願書類には、CRISPR/Cas9システムを真核細胞内の標的DNAに適用するという技術的思想が開示され、本件優先日当時の周知技術と組み合わせれば実施することが可能な程度に本件発明の具体的な説明が記載されていたものと認めるのが相当である。
…。
以上によれば、本件発明は、第1出願書類全体の記載及び出願時の技術常識に基づき、実質的にみれば開示されていたというべきであり、本件特許に係る分割出願の対象となった国際特許出願がパリ条約4条C(1)の優先期間内にされたものであることは当裁判所に顕著であるから、本件発明は、パリ条約4条A(1)より第1優先基礎出願に基づく優先権主張の利益を享受することができるものと認められる。
【コメント】
原告は、「実施例のない第1出願書類の明細書の記載から、過度の試行錯誤を要することなくCRISPR/Cas9システムの真核細胞への適用をすることができるとはいえない」旨主張したが、裁判所は、「本件優先日当時の周知技術と組み合わせれば本件発明を実施することが可能な程度に具体的な記載がされていたと認められる以上、実施例の記載がなくても、なお、本件発明について本件優先日を出願日とする優先権の主張を認めることは妨げられない」として、原告の主張を採用しなかった。