[特許/中国]優先権主張の効果が認められるか ~技術常識を踏まえた主張が争われた判決例~
本稿では、優先権主張を伴う出願(以下、「優先権主張出願」)の請求項に係る発明について、優先権主張の効果が認められるか否かが問題となった事件(事件番号:(2024)最高法知行終126号。以下、「本事件」)を紹介する。本事件は、優先日当時の技術常識と優先権主張の効果との関係を考える上でも注目される。
1.事件の概要
本事件の対象となったのは、通信技術に関する特許(特許番号:200680014600.7、出願日:2006年4月24日。以下、「本件特許」)である。
本件特許の出願においては、3つの米国仮出願を基礎出願として優先権主張が行われていた。このうち、基礎出願1及び基礎出願2(以下、併せて「基礎出願1・2」)に基づく優先権主張の効果が、無効審判及びその後の行政訴訟において争われた。最高人民法院は、2025年5月26日、本事件について二審判決を言い渡した。
二審判決では、本件特許の一部の請求項(例えば後述の請求項4など)に係る発明について、基礎出願1・2に基づく優先権主張の効果が認められないと判示され、無効審判の審決及び一審判決が維持された。
2.優先権主張の効果が認められるか否かについての判断
中国では、外国優先権及び国内優先権のいずれについても、優先権主張の効果は同様の基準により判断される。主体的要件や時期的要件などを満たしていることを前提として、優先権主張の効果が認められるか否かは「同一主題」であるか否かによって判断される。(専利法第29条参照)
ここでいう「同一主題」とは、優先権主張出願の請求項に係る発明と、基礎出願に記載された発明とが、技術分野、解決しようとする課題、技術的解決法(中国語では「技術方案」)及び予期される効果において同一であることを指す。(専利審査指南(以下、「審査指南」)第二部分第三章第4.1.2節参照)
もっとも、「同一主題」の判断において、基礎出願と優先権主張出願との記述方式が完全に一致していることまでは求められない。すなわち、記述方式が完全に一致していない場合であっても、優先権主張出願の請求項に係る発明が、基礎出願(その明細書及び請求の範囲を指し、要約書は含まない)から直接的かつ疑いようもなく導き出すことができるものであれば、「同一主題」を満たすとして、優先権主張の効果が認められる。逆に言えば、直接的かつ疑いようもなく導き出すことができないものであれば、「同一主題」を満たさないとして、優先権主張の効果が認められない。(同第二部分第八章第4.6節参照)
ただし、審査指南には、「直接的かつ疑いようもなく導き出すことができる」をどのように判断するかについては明確に規定されていない。すなわち、当該判断において、基礎出願の記載のみに基づいて判断すべきか、それとも優先日当時の技術常識を参酌することが許容されるか、という点は必ずしも明らかではない。
3.事件の詳細
(1)本件特許と基礎出願1・2の対比
本件特許は、拡張個別チャネル(E-DCH)を用いた無線通信においてデータを送信する際、データサイズに基づいて送信データ(拡張個別チャネル伝送フォーマットコンビネーション:E-TFC)を選択するためのデバイスに関するものである。
本件特許の代表的な請求項である請求項4に係る発明は、「E-TFCを選択する際に、スケジューリング情報を考慮する」という特徴を有している。
一方、基礎出願1・2はいずれも非公開の米国仮出願(US60/676,345及びUS60/683,214)であるため、その記載内容を直接確認することはできない。判決書によれば、基礎出願1・2には、「E-TFCを選択する際に、ヘッダ情報を考慮する」ことは記載されていたが、「スケジューリング情報を考慮する」ことまでは明記されていなかった。
このように、本件特許と基礎出願1・2を対比すると、下図に示す相違がある。

(2)争点
上記対比を踏まえて、本事件の争点は、基礎出願1・2から、請求項4の「E-TFCを選択する際に、スケジューリング情報を考慮する」という特徴を直接的かつ疑いようもなく導き出すことができるか否かである。
ここで、基礎出願1・2には「E-TFCを選択する際に、ヘッダ情報を考慮する」ことしか記載されていない。したがって、上記請求項4の特徴を直接的かつ疑いようもなく導き出すためには、「ヘッダ情報にスケジューリング情報が含まれる」という前提が成り立つ必要がある。
(3)特許権者の主張
特許権者は、優先日当時の技術常識を援用して、本事件の争点について以下のように主張した。
・優先日当時の技術常識(訴訟証拠7~9)を踏まえると、上記前提が成り立つ。そのため、基礎出願1・2の「E-TFCを選択する際に、ヘッダ情報を考慮する」という記載から、「E-TFCを選択する際に、スケジューリング情報を考慮する」という請求項4の特徴を直接的かつ疑いようもなく導き出すことができる。したがって、請求項4に係る発明について、基礎出願1・2に基づく優先権主張の効果が認められるべきである。
主張の根拠である訴訟証拠7~9と各出願との時系列上の関係を、下図に示す。

※ 基礎出願3は本事件の争点とは無関係であるため、本稿では割愛する。
しかしながら、無効審判の審決及び一審判決は、上述した特許権者の主張を退け、請求項4に係る発明について基礎出願1・2に基づく優先権主張の効果を認めなかった。
(4)二審の判断
結論:二審判決は無効審判の審決及び一審判決を維持した。
理由:判決書の関連部分を以下のように要約して紹介する。
1)基礎出願における記載の欠如
基礎出願1・2にはE-TFCを選択する際にヘッダ情報を考慮することが記載されているが、当該ヘッダ情報にスケジューリング情報が含まれるか否かは記載されていない。したがって、当業者は「ヘッダ情報にスケジューリング情報が必ず含まれる」ということを直接的かつ疑いようもなく導き出すことができず、また、基礎出願1・2の記載から「E-TFCを選択する際にスケジューリング情報を考慮する」ことが暗黙的に開示されていることも直接的かつ疑いようもなく導き出すことができない。
2)技術常識に関する立証の不十分さ
訴訟証拠7、8は、それぞれ技術会議の討議草案(TSG RAN WG2会議#45の討議草案文書Tdoc#R2-042358、及びTSG RAN WG2会議#45Bisの討議草案文書Tdoc#R2-050233)である。これらの草案には「(データ伝送時に)ヘッダ情報内にてスケジューリング情報を送信する」等の内容が記載されているものの、当業者は「ヘッダ情報にスケジューリング情報が必ず含まれる」ということを直接的かつ疑いようもなく導き出すことができない。
訴訟証拠9は、第1優先日及び第2優先日の後に公開された3GPP標準規格(3GPP標準25.321v6.5.0)である。同規格には、「スケジューリング情報をヘッダ情報の一部として送信する」という動作が記載されているものの、これをもって、その公開日以前に当業者が必ず当該動作を行っていたことを裏付けることはできない。
4.コメント
二審判決を踏まえて、優先権主張の効果が認められるか否か(すなわち、優先権主張出願の請求項に係る発明を、基礎出願から直接的かつ疑いようもなく導き出すことができるか否か)は、以下の①及び②の観点から検討される。
①当該発明は、基礎出願に記載されているか否か。
②基礎出願に記載されていない場合であっても、当業者は、基礎出願の記載に加えて、優先日当時の技術常識を参酌して、当該発明を直接的かつ疑いようもなく導き出すことができるか否か。
本事件では、基礎出願1・2には「E-TFCを選択する際に、スケジューリング情報を考慮する」ことが明記されていなかったため、①については否定的に判断された。①について判断すること自体は従来から行われてきたが、本事件の二審判決で注目されるのは、①について否定的に判断した後も、それのみをもって直ちに優先権主張の効果が否定するのではなく、②についても検討を行った点である。
ただし、本事件では、以下の2つの理由から特許権者が主張した技術常識は認定されなかった。その結果、②についても「直接的かつ疑いようもなく導き出すことができない」という否定的な判断がなされた。
a)技術会議の討議草案(訴訟証拠7、8)は、技術常識を裏付けるものとは認められなかった
b)標準規格(訴訟証拠9)は優先日の後に公開されたものであり、優先日当時の技術常識を裏付けるものとは認められなかった
第2章で述べた通り、審査指南には、優先権主張の効果が認められるか否かを判断する際に、上記②、すなわち優先日当時の技術常識を参酌することについては明確に規定されていない。本事件では、訴訟証拠7~9によって特許権者が主張した技術常識を立証することはできないと判断されたが、どのような証拠により優先日当時の技術常識を立証すれば②が肯定され得るについては、なお明らかではない。この点については、今後の判決例を収集しながら検証していく必要がある。
なお、上記②で参酌される「優先日当時の技術常識」は、進歩性を判断するにあたって当業者が有する「出願時の技術常識」とも重なり得るため、②が肯定される場合、発明の進歩性に影響を及ぼすのではないかとの懸念がある。
(下線及び太字は筆者による強調)
【出典】
1.最高人民法院知識産権法廷「(2024)最高法知行終126号」