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知財判決ダイジェスト

特許 令和7年(行ケ)第10065号「経口又は非経口抗糖尿病薬による治療にもかかわらず不十分な血糖調節の患者の糖尿病の治療」(知的財産高等裁判所 令和8年4月22日)

【事件概要】
 本件特許は、2型糖尿病を治療及び/又は予防するための、DPP-4阻害剤を含む医薬組成物に関するもので、本事件は、無効審判請求不成立審決に対して、裁判所が、原告の実施可能要件・サポート要件違反の主張を退け(その判断の枠組みに新規性・進歩性の判断を取り込むべきでないことも判示)、審決を支持した事例である。
判決要旨及び判決全文へのリンク

【主な争点】
 薬理データの記載の有無が、実施可能要件・サポート要件に与える影響(発明の詳細な説明には、2型糖尿病のマウスの経口投与による薬理データの記載はあるが、本件発明で特定される患者及び用法用量並びに組み合わせ投与で確認した薬理試験結果は記載されていなかった。)

 実施可能要件やサポート要件の判断に、「新規性・進歩性があり、従来技術に比べて優れた属性や効果を有する発明につき、当業者が実施可能であると理解できるだけの裏付け記載」や「本件発明が従来技術より優れた属性や作用効果をもつ発明としてサポートされていること」の記載が要求されるべきか。

【判示内容】
「本件発明1については、本件明細書に、・・・のとおり、①DPP-4阻害薬は、GLP-1等の生理活性ペプチドがDPP-4によって分解されて血漿中の濃度が低下することを妨げ、糖尿病治療にとって有益な薬物であること・・・、②糖尿病においては、異なる代謝性機能障害がしばしば同時に生じるため、異なる活性成分を有する複数の抗糖尿病薬を組み合わせて投与することが頻繁に行われること・・・、③患者に発生した当該機能障害の種類に応じて、DPP-4阻害剤を通常の抗糖尿病薬と組み合わせて投与することにより、治療結果の改善が期待でき、この組み合わせる抗糖尿病薬の候補としてアルファ-グルコシダーゼブロッカーがあること・・・、④本件化合物はDPP-4阻害剤であり、1日1回5mgの低用量の投与であってもDPP-4の抑制効果が24時間にわたって継続することに加え、主に胆汁を介してそのまま排出されるため、腎不全及び糖尿病性腎症の罹患率が高い患者集団に利益となり得ること・・・が、それぞれ記載されている。」

「本件出願日当時、・・・DPP-4阻害剤及びアルファ-グルコシダーゼブロッカーはいずれも2型糖尿病における経口抗糖尿病薬であること、前者の作用機序はインクレチングルカゴン様ペプチド(GLP-1)の活性を増強してグルコース依存性インスリン分泌を促進することによるものであるのに対し、後者の作用機序は腸管炭水化物吸収を阻害することによるものであって、両者の作用機序が異なること、・・・2型糖尿病治療薬の分野では、異なる作用機序の経口抗糖尿病薬を組み合わせる併用療法が広く行われていた・・・併用して投与した場合、著しい副作用又は有害事象が発生することをうかがわせる事情は看取できないことから、本件明細書に接した当業者は、本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づいて、DPP-4阻害剤である本件化合物(又はその医薬上許される塩)を作用機序が異なるアルファ-グルコシダーゼブロッカーと併用し、アルファ-グルコシダーゼブロッカーを用いた治療が二次無効となった患者(作成者注:効果減弱・効果不十分となった患者)に投与することにより、両剤の作用が補完し合い、それぞれ単独で用いた場合に比べて2型糖尿病に対する治療効果が向上すると理解できるものと認められる。」

実施可能要件(特許法36条4項1号)は、発明の詳細な説明に、当業者が容易にその実施をできる程度に発明の構成等が記載されていない場合には、発明が公開されていないことになり、発明者に対して独占的、排他的権利を付与する前提を欠くため、発明の詳細な説明の記載の要件として規定されていると解されるのに対し、新規性・進歩性(同法29条1項及び2項)は、公知発明や、当業者が公知の技術から容易に想到することができた発明に対して独占的、排他的な権利を発生させないようにするために、そのような発明を特許付与の対象から排除するものであり、特許の要件として規定されている。そうすると、実施可能要件を充足するか否かとの判断は上記の観点から行われるべきであり、その枠組みに新規性・進歩性の判断を取り込むべきではない。」

サポート要件(特許法36条6項1号)は、発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていない発明について独占的、排他的な権利が発生することになるので、これを防止するために、特許請求の範囲の記載の要件として規定されているのに対し、新規性・進歩性(同法29条1項及び2項)は、・・・、特許の要件として規定されている。そうすると、サポート要件を充足するか否かとの判断は上記の観点から行われるべきであり、その枠組みに新規性・進歩性の判断を取り込むべきではない。」

【コメント】
 本判決は、「一般に医薬用途発明においては、」「実施可能要件を満たすというためには、明細書において、当該物質が当該用途に使用できることにつき薬理デ-タ又はこれと同視することができる程度の事項を記載し、出願時の技術常識に照らして、当該物質が当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できるようにする必要がある」との判断規範を示した上で、両医薬組成物成分が、作用機序が異なる2型糖尿病における経口抗糖尿病薬だったこと、2型糖尿病治療薬の分野では、併用療法が広く行われていたこと、両医薬組成物成分の併用による著しい副作用又は有害事象の発生事情が看取できないことを指摘し、本件明細書に接した当業者は、本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づいて、併用による両剤の作用補完と2型糖尿病に対する治療効果が向上を理解でき、当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できる旨判示(薬理デ-タの記載を欠くことから直ちに実施可能要件を満たさないことにはならない。)している点が注目される。

 また、実施可能要件及びサポート要件は、それぞれ、発明の詳細な説明の記載の要件及び特許請求の範囲の記載の要件として規定されているのであって、それらの要件充足の可否の判断枠組みに新規性・進歩性の判断を取り込むべきではないとの判示は、ピリミジン誘導体大合議判決と同趣旨の判示がされているといえる(なお、関連した裁判例として、ライスミルク事件(平成29年(行ケ)第10129号)においては、出願時の技術水準を考慮するなどという名目で、発明の詳細な説明に記載された課題とは異なる課題を認定しサポート要件を判断した異議決定が取り消されている。)。

特許クレーム1
 通常の経口抗糖尿病薬を用いた治療にもかかわらず不十分な血糖調節を有する患者における2型糖尿病を治療及び/又は予防するための、DPP-4阻害剤を含む医薬組成物であって、
 前記通常の経口抗糖尿病薬はアルファ-グルコシダーゼブロッカーであり、
 前記DPP-4阻害剤は、下記式の化合物又はその医薬上許される塩であり、
 前記医薬組成物は、前記通常の抗糖尿病薬と組み合わせて投与され、且つ
 前記DPP-4阻害剤は、1日あたり5mgの量で経口投与される、前記医薬組成物。

【化1】

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