特許 令和7年(行ケ)第10074号「切削ツールを処理する方法及び切削ツール」(知的財産高等裁判所 令和8年3月26日)
【事件概要】
拒絶査定不服審判において、審判請求と同時に行った補正が補正の目的要件(特許法17条の2第5項)を満たさないとして却下され、補正前の本願発明が引用発明に対して新規性を欠くとして請求不成立とされた審決が維持された事例
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【本稿で紹介する争点】
補正前の本願発明の「前記切削ツールに、100℃以上の温度にてショットピーニングが行われ、前記ショットピーニングは、加熱された切削ツールに行われる、方法」という記載を、「前記切削ツールを100℃以上の温度に加熱することと、加熱された前記切削ツールにショットピーニングを行うことを含む、方法」という記載に換えた補正が、特許法17条の2第5項4号の「明りょうでない記載の釈明」を目的とするものに該当するか。
【裁判所の判断】
(1) 特許法17条の2第5項4号は、「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」と規定しており、「明りょうでない記載の釈明」を目的とする補正は、審査官が拒絶理由中で特許請求の範囲が明りょうでない旨を指摘した事項について、その記載を明りょうにする補正を行う場合に限られている。これは、拒絶理由通知で指摘していなかった事項について「明りょうでない記載の釈明」を名目に補正がされることによって、既に審査・審理した部分が補正されて、新たな拒絶理由が生じることを防止するために、「明りょうでない記載の釈明」は最後の拒絶理由通知で指摘された拒絶の理由に示す事項についてするものに限定される趣旨と解される。
これを本件についてみると、拒絶査定の結論及び理由は、本件拒絶理由通知に記載された理由(新規性欠如及び進歩性欠如)により拒絶をすべきというものであって、本願発明の記載が明りょうでない旨の指摘等はされていない。
そうすると、本件補正は、法17条の2第5項4号の括弧書きに規定する拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてなされたものではないから、同号の要件を満たさない。
(2) 法17条の2第5項4号にいう「明りょうでない記載」とは、それ自体意味の明らかでない記載など、記載上不備が生じている記載であって、特に特許請求の範囲について「明りょうでない記載」とは、請求項の記載そのものが文理上意味が不明りょうである場合、請求項自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じている場合、又は請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうである場合等をいい、その「釈明」とは、記載の不明りょうさを正してその記載本来の意味内容を明らかにすることをいうものと解される。
以上を前提として本願発明に「明りょうでない記載」があるか否かについて検討すると、本願発明は、①処理する対象が、焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールであること、②上記①の切削ツールへの処理として、ショットピーニングが100℃以上の温度にて行われること、③上記②のショットピーニングが、加熱された切削ツールに対して行われること、が明確に理解できるから、「明りょうでない記載」が存在するものとは認められないというべきである。
本願補正発明は、①’処理する対象が、焼結炭化物又はサーメットの基板を含む切削ツールであること、②’上記①の切削ツールを100℃以上の温度に加熱する処理を含むこと、③’加熱された上記②’の切削ツールにショットピーニングを行う処理を含むことが理解できる。本願発明の②及び③は、切削ツールを100℃以上に加熱し当該加熱された切削ツールにショットピーニングを行うことを意味するものとして理解でき、このことは、本願補正発明の②’及び③’と意味内容は変わらない。そうすると、本願発明の②及び③を本願補正発明の②’及び③’とすることが、その記載の本来の意味内容を明らかにするものともいえないから、本件補正は「釈明」に当たらない。
以上によれば、本件補正は、「明りょうでない記載の釈明」を目的としたものともいえない。
【コメント】
本件では、出願人は前置報告で本願補正発明が独立特許要件を満たさないとされ、上申書で更なる補正案(上申書補正案発明)を提示した。これが、出願人が真に意図した発明であったと思われる。
本件審決は、①本件補正の目的要件違反と本願発明の新規性欠如を主位的理由としつつ、予備的に、②本願補正発明の独立特許要件欠如、③上申書補正案発明の進歩性欠如(新たな引用例を考慮)まで判断していた。
補正の目的要件違反は無効理由には該当しないため、特許庁の審査基準上、その判断は必要以上に厳しく行うべきではないとされている。実務上も目的要件違反のみで補正却下される例は稀である。本件審決が上記②、③の判断をも示したのは、それを考慮してのことと思われる。
しかし、上記②、③の判断は行政サービスとしての付加的な判断であり、仮に上記①のみで審決がなされていたとしても、その審決が違法であったことにはならない。また、本件では、最初から上申書補正案発明の内容で適法な補正(限定的減縮等)をして審判請求していた場合には、新たな引用例(引用文献2)に基づく拒絶理由通知がなされ、出願人に反論、補正の機会が与えられていたはずであるが、不適法な補正と上申書という手段をとったためにその機会を逃している。
審判請求時等、補正に目的要件が課されるタイミングでの補正においては、当該目的要件にも十分に留意する必要がある。