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[特許/欧州]EPO拡大審判部、クレーム補正後の明細書の適合の要否について判断 ~ G 1/25(Hydroponics)~

2026年9月3日、欧州特許庁(EPO)の拡大審判部(Enlarged Board of Appeal;EBA)は、G 1/25(Hydroponics)の決定を公表した。クレームの補正によって明細書との不整合が生じた場合に、明細書の適合が必要となる条件と、その根拠となる欧州特許条約(European Patent Convention;EPC)上の規定について判断を示したものである。なお本稿では、補正後のクレームに合わせて明細書を補正することを「明細書の適合」という。また、G 1/25が「除去(removed)」「中和(neutralised)」と表現する不整合の処理を総称して「解消」という。

 1.背景 ― 付託元 T 0697/22(2025年7月29日決定)
(1) 経緯
本件は水耕栽培用の培地に関する特許である。2021年11月4日及び12月13日の2日間にわたる異議部の口頭審理の2日目に、特許権者は補助請求1Eのクレームと補正明細書を提出し、異議部はこれらに基づいて特許を維持する決定をした。もっとも、クレーム1が結合剤(binder)について一定の構成を必須とする一方、補正明細書の[0013]及び[0016]には、より広い範囲の結合剤を含み得る記載が残っていた。

異議申立人は、審判請求理由書でこの点をEPC第84条違反と主張した。これに対し特許権者は補正不要との立場をとったが、審判部の口頭審理(2024年12月19日)の途中に至って、[0013]及び[0016]を削除した明細書と補助請求1Eのクレームとからなる「新請求(new request)」を提出した。審判部は、これが「審判事件の変更」に当たると判断した。その上で、EPC第84条違反の主張が審判請求理由書で既に提起されていたにもかかわらず、対応を口頭審理まで待った理由が示されていないことから、審判部手続規則(Rules of Procedure of the Boards of Appeal;RPBA)第13条(1)にいう手続経済に反し、同条(2)の例外的事情を正当化する説得的理由もないと判断し、当該請求を手続に導入しなかった。

 (2) 争点と判例の対立
補助請求1Eのクレーム自体は、新規事項の追加の有無、実施可能要件、新規性及び進歩性のいずれについても問題がなかった。そのため、異議部で提出された明細書とクレームとの不整合のみを理由として、補助請求1Eに基づく特許の維持を認めないことができるかが争点となった。この点を検討するにあたり、審判部は、従来の判例を次の2つの判例群に整理した。

・確立した多数の判例群
EPCには明細書を補正後のクレームに整合させることを求める法的根拠があるとする(ただし、具体的な根拠については判例間で見解が分かれていた)。
・近年の判例群(いずれも審査審判手続に関するもの)
不整合を理由に出願を拒絶する法的根拠はなく、特にEPC第84条は根拠とならないとする(T 1989/18、T 1444/20、T 2194/19、T 0056/21等)。

2.付託質問とG 1/25の回答
上述の判例の対立を踏まえ、審判部は、明細書の適合の要否、その法的根拠、及び審査手続における取扱いについて、EBAに以下の(1)~(3)の3点を付託した。G 1/25におけるEBAの回答とあわせて整理すると、次のとおりである。

 (1) 異議・異議審判手続においてクレームを補正し、明細書(図面を含む)との不整合が生じた場合、その不整合を解消するために明細書を適合させる必要があるか。
→条件付きで「Yes」

EBAは「不整合がEPCへの不適合を生じさせるようなものであればYesと答えるべきである」とした。単に不整合があるだけで直ちに適合が必要となるわけではなく、その不整合によってEPC上の要件に適合しなくなる場合に、適合が必要となる。

(2) 明細書の適合が必要となる場合、その法的根拠はEPCのどの規定か。
→一律に根拠となる単一のEPC規定はない。

クレームが補正された場合に一律に適合を義務付ける単一の規定は存在せず、適合が必要かは、当該事案において不整合がEPC上の要件への不適合をもたらすかによって決まる。したがって、必要な適合の法的根拠は、その不整合によって満たされなくなるEPC上の規定そのものである。

(3) 審査・審査審判手続の場合には、(1)及び(2)の回答は異なるか。
→「No」

EBAはこの質問を最初に処理し、EPC上の要件を評価する際の明細書・図面の解釈上の役割は手続段階に依存しないとして、審査部の手続と異議部の手続とを区別する理由はないとした。

 このようにG 1/25は、従来の2つの判例群のいずれかをそのまま採用したものではない。EBAは、クレームと明細書との「形式的な一致(formal concordance)」、すなわちクレームに反映されていない記載を明細書から一律に削除して両者を文言上一致させることを、それ自体として求める一般的な義務はないとした。その一方で、不整合によってEPC上の要件に適合しなくなる場合には、その解消が必要であるとの基準を示した。今後重要となるのは、「補正後のクレームと明細書に違いがあるか」ではなく、その違いがクレームの解釈に影響し、EPC上の要件の不遵守を生じさせる「不整合」に当たるかという点である。

 3.G 1/25とG 1/24及びG 1/26との関係
本章では、4.以下の内容と一部重複するが、G 1/25の理解を助けるため、G 1/25の詳細な説明に先立って、他のクレーム解釈が争点となった事件との関係を整理する。具体的には、G 1/24の原則、G 1/25が示したクレーム解釈の考え方、及びG 1/26との関係を順に説明する。

 (1) G 1/24の原則
G 1/24は、EPC第52条~第57条に基づく特許性を評価する際のクレーム解釈について、明細書・図面は、当業者がクレームを単独で読んで不明確又は曖昧であると認める場合に限らず、常に参照しなければならないと判断した。もっとも、参照した記載をクレームの意味にどこまで反映できるのかについては、なお問題が残されていた。

(2) G 1/25による全体論的なアプローチ
G 1/25は、明細書の適合の要否を検討する前提として、クレーム解釈についても重要な判断を示した。

まずG 1/25は、G 1/24を、クレーム文言のみを先に解釈し、不明確な点が残った場合に初めて明細書・図面を参照するという「順次的な方法(sequential method)」を確立したものと理解すべきではないとした。その上でEBAは、G 1/24の付託元事件であり、同決定を受けて下された最終決定であるT 0439/22(2025年12月11日)の判示を引用・支持し、クレーム解釈は、クレーム、明細書及び図面を一つのものとして読む「一体的なプロセス(unitary process)」の結果であり、「全体論的なアプローチ(holistic approach)」によって行われるとした。なおG 1/24は、クレーム文言が明確かつ一義的であるという認定それ自体が既に解釈行為であり、解釈の前段階ではないとも指摘しており、G 1/25もこれを確認している。

このため、明細書・図面の記載は、当業者がクレーム文言に与える意味に影響し得る。明細書・図面に照らしてクレームを読む当業者は、明細書に見出される定義を額面どおり(at face value)に受け取ろうとする。そして、その定義が技術的に合理的であり、クレーム、明細書及び図面の全体的な教示と整合している限り、当業者は、拡張的側面と限定的側面の双方を考慮した上で、当該定義に従ってクレーム中の用語を理解することになる。

一方で、参照に限界がないわけではない。G 1/25は、明細書・図面によってクレーム文言に根拠のない限定又は拡張を加えることはできないことも明確にしている。

また、G 1/24は特許性の評価におけるクレーム解釈を扱ったものであるが、G 1/25は、その理由付けが審判部において適用されるクレーム解釈の一般的な原則を示したものであるとしている。

 (3) G 1/26との関係
本稿執筆時点(2026年10月)において、クレーム解釈をさらに明確にすることを求めるG 1/26(付託元:T 0873/24)がEBAに係属している。G 1/26では、手続的な質問に加え、以下の実体的論点がEBAに付託されている。

①付与されたクレームの意味に、明細書・図面にのみ記載された特徴を読み込めるか
②クレームを読むことと明細書・図面を参照することは一体的なプロセスか
③このクレーム解釈をEPC第123条(2)の新規事項の判断にどう適用するか

G 1/25はG 1/26の付託質問そのものに回答したものではなく、決定理由中にG 1/26への言及もない。もっとも、G 1/25は以下のように整理されると考えられる。

①については、明細書中の定義がクレームの意味に影響し得るとする一方、文言に根拠のない限定又は拡張はできないとしており、両方向の示唆を与えたものといえる。

②については、クレームを読むことと明細書・図面を参照することを一体的なプロセスと位置付け、全体論的なアプローチを明示したといえる。

③については、後述のとおり、EPC第123条との関係で不整合が問題となる場面は理論的なものにとどまるとされている。したがってG 1/25は、新規事項の判断におけるクレーム解釈そのものを直接論じたものではないといえる。

 4.G 1/25の判断の内容
(1) 2つの判断ステップ
G 1/25の判断は、大きく2つのステップに整理できる。

①ステップ1:クレームと明細書・図面との間に「不整合」があるか
ステップ1は、(ア)クレームと明細書・図面との間に違いがあるか、(イ)その違いが「不整合」に当たるか、という2つの問いから構成される。

(ア) クレームと明細書・図面との間に違いがあるか
クレームの補正により、明細書(図面を含む)に、補正後のクレームの範囲外となる技術的教示、実施例又は実施形態が残ることがある。ステップ1では、まずこのような違いの有無を確認する。違いがなければ、明細書の適合は不要である。

(イ) その違いが「不整合」に当たるか
違いがある場合、次に、その違いが「不整合」に当たるかを検討する。EBAは、付託決定にもEPCにも「不整合(inconsistency)」の定義がないとして、次のように述べた。すなわち、明細書(図面を含む)中の1又は複数の記載が、クレームの外見上の意味と両立しない(incompatible)クレームの理解を示唆し、かつ、その非両立性がG 1/24の原則を適用しても容易には解決できない場合に、不整合が存在する。

EBAは、多くの場合、一見そのような非両立性にみえるものもG 1/24の原則を適用すれば困難なく解決できると述べた上で、当業者が明細書・図面に照らしてクレームを読んだ場合に、クレームの意味について「真の疑念(real doubt)」が残るのであれば、不整合があるとした。

したがって、(ア)の意味での違い、すなわち明細書にクレームの範囲外の技術的教示、実施例又は実施形態が記載されているというだけでは、不整合は認められない。他方、そのような非両立性により、ある技術的教示、実施例又は実施形態がクレームの範囲に含まれるのか否かが不明確となる場合には、不整合が存在する。

このようにG 1/25は、クレームに含まれない実施形態等を明細書から一律に削除・修正し、形式的に一致させることまで要求するものではない。EBAは、EPCは「形式的な一致」のためだけに明細書・図面の適合を要求するものではないことを明確にしている。

 ②ステップ2:その不整合によってEPC上の要件に適合しなくなるか
不整合が存在する場合でも、それだけで直ちに適合が必要となるわけではない。G 1/25は、不整合によってEPC第52条~第57条、第76条(1)、第83条、第84条又は第123条(2)若しくは(3)のいずれかに適合しなくなる場合に、その不整合を解消する必要があるとした。適合の必要性は、不整合が存在すること自体から導かれるのではなく、その不整合がEPC上の要件への不適合をもたらすという法的意義を有する場合に、かつその限度で生じる。

ここでG 1/25は、不整合を取り除くことについて「除去」と「中和」の双方の表現を用いており、その方法としては、クレームの補正、明細書・図面の補正、又はその双方が挙げられている。

もっとも、EBAは、EPC第76条(1)、第83条及び第123条との関係で不整合が問題となるかは「実務的というより理論的(more theoretical than practical)」であり、付託決定もそのような場面を扱っていないとした。そして、個別事案でこれらへの適合性に関係し得ることは排除できないとしつつも、そのような問題が将来生じることはまれであるとの見通しを示し、仮に生じた場合には上記の考え方が準用されるとした。

 ③考え方のまとめ
以下のフローにステップ1とステップ2の考え方をまとめる。

※図中の「明細書」には図面を含む。
※不整合の解消は、クレームの補正、明細書・図面の補正、又はその双方によって行い得る。

④本決定の射程
上記の解釈上のアプローチ及び「不整合」の定義自体は、クレームが補正されたか否かを前提とするものではない。そのため、補正を経ていないクレームが異議手続で審理される場合にも、同様の考慮が生じ得る。もっとも、本件の付託はクレームの補正によって生じた不整合を対象としており、G 1/25の主文もその場合について回答している。補正を伴わない場合についても同様の考え方が関係し得るが、その具体的な適用については個別の事案に即した検討が必要となる。

 (2) 個別のEPC規定との関係
①EPC第84条(明確性・サポート要件)
G 1/25は、まずEPC第84条との関係を検討した。付託決定において、同条の解釈をめぐって判例が分岐していると整理されていたためである。

EBAは、近年の判例群のEPC第84条解釈を採用できないとした。これらの判例は、クレームがそれ自体で明確であれば、明細書との不整合を理由としてEPC第84条違反を認めることはできないとの立場をとっていた。しかしEBAは、明細書・図面を参照せずにクレームの意味を判断するという前提は、G 1/24の原則と整合せず、維持できないとした。とりわけG 1/25は、同条についての最も詳細な説示を含むT 0056/21の「一方通行(one-way street)」論を明確に否定した。これは、同条がクレームにのみ要件を課し、明細書・図面には要件を課さないとする主張である。EBAは、「クレームは、明確かつ簡潔であり、明細書により裏付けられていなければならない」という文言の自然な読み方からは、不整合がクレームの理解を損なう場面において明細書・図面を無関係とするような一方向性を導くことはできないとした。

他方でG 1/25は、同条が前述の「形式的な一致」を要求するものではなく、クレームに反映されていないすべての事項を明細書(図面を含む)から削除する一般的な義務を課すものでもないとした。

これを踏まえEBAは、情報、実施例、主題又は実施形態がクレームの範囲に含まれるか否かが不明確な場合には、クレームが明細書により裏付けられているとはいえないとした。また、同条の評価においてクレームの意味を確定する必要がある場合には、G 1/24のクレーム解釈の原則が適用されるとした。

 ②EPC第52条~第57条(特許性の要件)
G 1/25は、特許性の評価においてクレームの意味を確定する必要がある場合にもG 1/24の原則が適用されるとし、不整合がこれらの要件の充足にとって意味を持つ場合には、その判断の結果に影響し得るとした。

例えば、クレームがEPC第56条の進歩性の要件を満たすように補正されたにもかかわらず、明細書中の記載が補正前のクレームを反映した技術的教示を表し、その記載が進歩性の充足と抵触する場合には、この不整合は解消されなければならない。特許性の要件は、G 1/24の原則に従って解釈されたクレームに基づいて判断されるためであり、不整合がその解釈に実質的な影響を及ぼす場合には、クレームが要件を満たさないことになり得る。

もっとも、前述のとおり、範囲外の技術的教示や実施例が残っているだけで直ちに不整合となるわけではない。重要なのは、その記載がクレームの解釈に影響し、その結果として特許性の要件に適合しなくなるかという点である。

 (3) 明細書を適合させるタイミング
付託元のT 0697/22では、口頭審理中に提出された新請求がRPBA第13条(1)及び(2)に基づき手続に導入されなかった。

これに対しG 1/25は、手続法の観点から、クレームの補正と、それによって生じた不整合を解消するための明細書・図面の適合は、両者の間に時間的な間隔がある場合でも、「同じ手続段階(same procedural step)」の一部として扱われるとの考え方を示した。

加えてEBAは、審判手続では明細書・図面がほぼ常に審判部の口頭審理で最終化されており、G 1/25はこの実務の変更を求めるものではないとした。さらに、審判係属中に適合させることは、紛争を迅速に終結させる観点から一般に最も効率的であり、適合のために事件を第一審部門に差し戻すよりも望ましいとした。

ただし、これらは傍論であり、G 1/25がT 0697/22における新請求の不採用を覆したものではない。また、口頭審理中に提出される明細書の補正が、RPBA第13条に基づき常に手続に導入されると判断したものでもない。

 5.現地代理人による評価
現地代理人からは、以下の点が概ね共通して指摘されている(いずれもG 1/25の判示そのものではない)。

①G 1/25は、あらゆる不整合の解消を求める立場と適合を一切不要とする立場のいずれも採らない、中間的な枠組みを示したものであること
②今後は「不整合が存在するか」ではなく「その不整合がEPC上の法的意義を有するか」が争点となり、新たな議論を生み得ること
③EPOの審査部及び異議部が本決定をどのように適用するかは未知数であり、付与前の明細書の適合作業が相当程度残るとの見方もあること

6.まとめ
G 1/25により、クレームの補正後においても、クレームと明細書を形式的に一致させるためだけに明細書を補正する必要はないことが明確になった。

一方、クレーム解釈においては明細書・図面を常に参照する必要があるため、不整合がクレームの解釈に影響し、その結果としてEPC上の要件に適合しなくなる場合には、その不整合を解消する必要がある。前述のとおり解消の方法は一つではないが、主文(付託質問への回答)はこれを「明細書を補正後のクレームに適合させる」という形で述べている。

したがって今後の実務では、「補正後のクレームに含まれない記載が明細書に残っているか」ではなく、その記載がクレームの解釈にどのような影響を与え、EPC上の問題を生じさせるかという観点から、補正の要否を検討することが重要となる。またG 1/25は、全体論的なアプローチを明示するとともに、EPC第84条を「一方通行」の規定と解する近年の判例群の立場を明確に否定した。この考え方は、明細書の適合の要否にとどまらず、明確性・サポート要件や新規性・進歩性等の判断にも及ぶため、今後のEPOの審査・審判実務への影響が注目される。

このほか、傍論として示された「同じ手続段階」という考え方が、審判手続における適合のタイミングの運用にどう反映されるか、さらに、G 1/25が示した全体論的なアプローチがG 1/26においてどのように整理・発展されるかについても、引き続き確認が必要である。

 [出典]
1.欧州特許庁「Decision of the Enlarged Board of Appeal of 3 September 2026, G 0001/25」(PDF)
2.欧州特許庁「T 0697/22 of 29.07.2025」
3.欧州特許庁「Rules of Procedure of the Boards of Appeal」
4.欧州特許庁「T 0056/21 (Adaptation of the description/HOFFMANN-LA ROCHE) of 04.10.2024」
5.欧州特許庁「G 0001/24 (The description and any drawings are always referred to when interpreting the claims, and not just in the case of unclarity or ambiguity.) of 18.06.2025」
6.欧州特許庁「T 0439/22 of 11.12.2025」
7.欧州特許庁「T 0873/24 (TITANIUM-TO-NITROGEN RATIO/ArcelorMittal) of 03.02.2026」

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