[特許/米国]CAFCがEnviro Tech対Safe Foods事件において「about」を含む数値範囲の不明確性を認定
特許クレームのドラフティングでは、厳格な数値限定を回避するために「about(約)」という近似表現にあたる文言が頻繁に用いられる。連邦巡回区控訴裁判所(U.S. Court of Appeals for the Federal Circuit:CAFC)は、Enviro Tech対Safe Foods事件(Enviro Tech Chem. Services, Inc. v. Safe Foods Corp., No. 2024-2160, May 4, 2026)において、この「about」の明確性に関する判断を行った。具体的には、CAFCは、米国特許第10,912,321号(以下、’321特許)を無効とした地方裁判所の判決を支持し、本件で権利主張されたすべてのクレームについて、米国特許法第112条(b)に基づき「about」が不明確であると判断した。
1.背景
Enviro Tech Chemical Services, Inc.(以下、Enviro Tech社)が保有する’321特許は、過酢酸(PAA)を用いた「家禽の重量を増加させるための加工処理中の家禽の処理方法」に関するものである。
代表的な独立クレーム1の記載は以下の通りである(強調のため一部を赤太字とした)。

Enviro Tech社はSafe Foods Corp.(以下、Safe Foods社)を特許侵害で提訴した。Safe Foods社は、独立クレーム1の用語である「抗菌量(an antimicrobial amount)」および「about」が米国特許法第112条(b)に基づき不明確であると主張した。地方裁判所はいずれの用語も不明確であると判断し、権利主張されたすべてのクレームを無効とした。Enviro Tech社はこれを不服として控訴した。
2.法的基準
CAFCは、米国特許法第112条(b)の明確性要件について以下の基準を確認・指摘した。
- 特許クレームが明細書および出願経過を参酌して読まれた際に、当業者に対して発明の範囲を「合理的な確実性(reasonable certainty)」をもって理解させることができない場合、不明確であるとして無効となる。
- また、「about」や「approximately(およそ)」といった用語は、特定のパラメータに対する厳格な数値限定を回避するために適切な範囲で使用され得るものであり、それ自体としては明確とも不明確とも言えない。しかしながら、そのパラメータの境界は事案ごとの技術的事実に基づいて合理的な確実性をもって確定できなければならない。
3.CAFCの判断
CAFCは「about」が不明確であり、権利主張されたすべてのクレームが無効となると判断したため、もう一つの争点であった「抗菌量」については判断を行わなかった。「about」に関して、CAFCはクレーム文言、明細書、および出願経過を分析した。
(1) クレーム文言の検討
CAFCは、独立クレーム1が「pH約7.6から約10(a pH of about 7.6 to about 10)」という数値限定を設けているものの、その限定自体に内在的な境界を含んでいないと指摘した。すなわち、クレームはこの数値限定を満たすために、過酢酸含有水(peracetic acid-containing water)がpH 7.6をどれだけ下回ることが許容されるのか、あるいはpH 10をどれだけ上回ることが許容されるのかについて、何ら指針を示していない。
また、「about」の通常の意味が「approximately」である点については当事者双方の見解が一致していた。しかしCAFCは、「approximately」という用語も、許容される変動幅について「about」以上に明確な基準を与えるものではなく、クレーム文言が当業者に対して当該用語の意味を理解させるものとは言えないとした。
(2) 明細書における矛盾した指針
Enviro Tech社は、明細書において±0.3のpH変動基準が確立されていると主張した。しかしCAFCは、明細書が矛盾する指針を提供していると認定した。まず、明細書に記載されたEnviro Tech社による実験例は、以下の通りであった。
大部分の実験例:
変動幅が0.3以下の場合にのみ実験の継続が許容されると判断していた。
他の実験例:
変動幅が0.3を超えている場合であっても許容できるとして実験を継続していた。特に、大手家禽加工業者の施設(以下、加工工場)において580万羽の鶏を用いて実施されたある実験では、目標pHから0.35~0.5の変動幅が許容されていた。
CAFCは、特許発明の目標の一つが加工工場の歩留まり向上である点を踏まえ、580万羽を用いたこの特定の実験は、最大数の鶏を含み、かつ加工工場という目的に直結する条件で行われたため、特に参考になると指摘した。そして、このように特許の目的に照らして極めて重要な実験において0.3を超える変動幅が許容されていた以上、(数の上では大部分を占めていた)一部の実験例における0.3という変動基準は、「about」の意味を決定づける確固たる指標にはならないと結論付けた。したがって、CAFCは、’321特許の明細書は矛盾する指針を提供しており、当業者が合理的な確実性をもって「about」の範囲を決定することはできないと判断した。
(3) 不整合な出願経過と先行技術との近接性
出願経過に関してCAFCは、Enviro Tech社による「about」の用法に不整合があったと認定した。具体的には、Enviro Tech社は、自明性の拒絶理由への応答において、クレーム範囲の下限である「pH 7.6」の過酢酸溶液が先行技術に対して非自明であると主張した際、「about」を付さずに議論していた。その一方で、まさに同じ応答書の次のページでは、別のクレームに関して「pH約8から約9(about 8 to about 9)」の範囲が非自明であると主張し、「about」を付して議論していた。さらに、pH 7.0を開示する先行技術を克服するため、独立クレーム1の下限は「pH約7.3」から「pH約7.6」へと補正されていた。この補正についてEnviro Tech社は、0.3を超えるいかなるpHの変動幅をも権利放棄したものであり、「about」は0.3以下を意味すると主張した。
CAFCはこの主張を認めず、意見書には「about」がどのような範囲を包含するかを説明する言及が一切なかったと指摘した。CAFCはさらに、その決定における重要な要因として、現在のクレーム1がpH 7.0という非常に近い先行技術を回避する目的で、他でもないpHの点において補正されていたことを強調した。CAFCは、明細書が元々6~10のような広いpH範囲を開示しており、かつpH 7.0の先行技術を回避するために補正が必要であった状況に言及した。このように先行技術と近い状況において第112条の明確性要件を満たすには、「about」という曖昧な用語で済ませることは許されず、はるかに高いレベルの明確性が要求されると指摘した。さらにCAFCは、先行技術のpH 7.0自体が、pH 7.6の「about」の範囲に入り得るほど近いものであると付け加えた。
以上より、CAFCは、’321特許の代表的な独立クレーム1において用いられている用語「about」は不明確であり、権利主張されたすべてのクレームを無効とした地方裁判所の判決を支持した。
4.近似表現の用語を明示的に定義することの重要性
Enviro Tech対Safe Foods事件は、「about」や「approximately」などの近似表現が特許実務上依然として許容されることを示している。しかし、これらの用語で数値を修飾する場合には、どの程度の許容誤差(パーセンテージや測定公差など)を意図しているのかを、明細書中で明示的に定義しておくことが強く推奨される。あわせて、実験例のデータがその定義と整合しているかを出願前に確認しておくことが重要である。
[出典]
CAFC「ENVIRO TECH CHEMICAL SERVICES, INC., v. SAFE FOODS CORP.」(PDF)