[特許・実用新案・意匠/中国]改正専利審査指南 2026年1月1日施行(第6回) ~AI・ビッグデータ関連発明編~
既報の第1回~第5回では、2026年1月1日に施行された改正専利審査指南における以下の改正点を解説した。最終回(第6回)となる今回は、AI・ビッグデータ関連発明に関する改正点を解説する。
第1回:出願手続
第2回:無効審判請求
第3回:優先権譲渡証明書
第4回:特許権の存続期間の補償
第5回:進歩性及びビットストリーム関連発明
今回の改正では、審査指南の第二部分第九章6節が人工知能(以下、AI)やビッグデータ等の新分野・新業態に焦点を当てていることを明確にするため、同節の見出しが以下のとおり変更された。
さらに、AI・ビッグデータ技術の急速な発展に伴う産業界のニーズに的確に応えるため、同節において、AI・ビッグデータ関連発明に係る規定が見直された。具体的には、倫理審査、進歩性審査及び明細書の「十分な開示」という3つの観点から改正が行われた。
1.倫理審査の基準の新設(第二部分第九章6.1、6.2節)
今回の改正では、AI・ビッグデータ技術の善用を促すという政策的意図を反映し、専利法第5条第1項に基づく倫理審査の基準が新設された。
(1)改正の背景
専利法第5条第1項は、「法律、社会公徳に違反し、又は公共の利益を害する発明創造には、特許権を付与しない」と定めている。従来の審査指南では、この規定をAI・ビッグデータ関連発明にどのように適用するかについての判断指針が示されていなかった。
(2)改正の内容
今回の改正により、AI・ビッグデータ関連発明の請求の範囲や明細書に、①データ収集、②ラベル管理、③ルール設定、④推薦決定といった事項に関して倫理に反する内容が含まれる場合、実体審査段階において拒絶の対象となることが明確となった。
今回の改正に関する中国国家知識産権局(以下、CNIPA)の公式説明によれば、各事項の具体的な判断の着眼点は以下の通りである。
①データ収集:「個人情報保護法」等の法律に違反したデータ収集が含まれていないか。
②ラベル管理:データに付与するラベルが、差別や社会的偏見を助長するものでないか。
③ルール設定:アルゴリズムのルールが、公平・公正の原則に反していないか。
④推薦決定:推薦システム等が、利用者の依存を不当に誘導したり、虚偽情報を拡散したりするなど、公共の利益を害するものでないか。
そして、これらの適用例として、下表の2つの事例(【事例1】及び【事例2】)が追加された。

(3)改正の影響
今回の改正により、一般的な社会公徳などへの適合のみならず、中国の「個人情報保護法」のような具体的な法律を遵守しているかという点が、実体審査段階で直接問われることになった。
2.進歩性審査の事例の追加(第二部分第九章6.2節)
今回の改正では、進歩性を肯定/否定した対照的な事例(【事例18】及び【事例19】)が新たに追加された。
(1)改正の内容
【事例18】(単なる技術の転用であり、進歩性を有しないケース)
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・既知の「果物の個数識別AIモデル」を「船の個数識別」に応用した事例である。 ・従来技術との相違点は識別対象のみであり、識別対象の変更に応じたAIモデルの構造や訓練方法などに技術的な改良は加えられていない。 ・そのため、単なる技術の転用に過ぎないと評価され、進歩性を有しないと判断されている。 |
【事例19】(アルゴリズムの改良があり、進歩性を有するケース)
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・「鉄くずの識別」という分野において、従来技術とは異なる課題を解決した事例である。 ・従来技術が「鉄くずの種類の識別」を目的としていたのに対し、本事例は「鉄くずの等級分けの精度向上」という新たな課題に取り組んでいる。 ・この新たな課題を解決するために、畳み込みニューラルネットワークの層構造などを具体的に改良している。 ・そして、従来技術にはこの改良を示唆する記載もない。 ・このように、課題に合わせてアルゴリズムに技術的改良を加えた点が評価され、進歩性を有すると判断されている。 |
なお、【事例19】は、2023年7月にCNIPAが公表した「復審・無効十大審決例」に含まれる実際の無効審決(発明名称:鉄くずの等級分類用のニューラルネットワークモデルの構築方法、審決番号:第55072号)を基に作成されたものとされる。実際の審決に基づく事例であるため、審査・審判実務の考え方を知るうえで参考価値が高い。
(2)改正の影響
今回の改正により、AI関連発明の進歩性は、課題に合わせてアルゴリズムに技術的な改良が加えられたか否かによって判断されることが明確となった。
したがって、中国実務において明細書の作成段階から、また拒絶理由通知への応答においても、課題に合わせたアルゴリズムの改良を明確に示すことが重要となる。ここでいうアルゴリズムの改良には、訓練方法やモデル構造の変更のみならず、データの前処理や特徴量の設計、パラメータの設定等も含まれ得る点に留意されたい。
3.明細書の「十分な開示」に関する審査の基準の追加(第二部分第九章6.3節)
今回の改正では、AI関連発明の明細書の「十分な開示」に関する審査の基準、及びその適用例が新たに追加された。
(1)改正の背景
専利法第26条第3項は、「明細書においては、当業者が発明又は考案を実施できる程度に、当該発明又は考案を明確かつ十分に説明しなければならない」と定めている。中国実務上、これは「充分公開(十分な開示)」の要件と呼ばれる。
AI関連発明は、そのアルゴリズム又はモデルがいわゆる「ブラックボックス」となりやすく、内部構造や動作メカニズムが把握しにくいという特性を有する。従来の審査指南では、AI関連発明の明細書の記載がどの程度であればこの「十分な開示」の要件を満たすかについて、判断指針が示されていなかった。
(2)改正の内容
今回の改正では、AI関連発明の類型に応じて、明細書に記載すべき事項が以下の2つのパターンに分けて規定されている。
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<パターンA:AIモデルの「構築・訓練」に関する発明の場合> モデルの構造(モジュール、階層、接続関係など)や、訓練に必要な手順・パラメータなどの記載が求められる。 <パターンB:AIモデルの「応用」に関する発明の場合> モデルと具体的な応用分野との技術的な関連性(両者がどのように結合するか、アルゴリズムの入出力データがどのように設定されているかなど)を示す記載が求められる。 |
そして、これらの規定の適用例として、2つの事例(【事例20】及び【事例21】)が追加された。
【事例20】(「十分な開示」の要件を満たすケース)
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・顔特徴を生成する方法に関する発明の事例である。 ・明細書には、空間変換ネットワークを畳み込みニューラルネットワーク内にどのように設置するかの具体的な記載がなかった。 ・しかし、当業者にとって空間変換ネットワークの設置方法は技術常識であり、その技術常識と明細書の記載内容に基づけば、対応するモデル構造を構築して発明を実施できる。 ・そのため、本事例は「十分な開示」の要件を満たすと判断されている。 |
【事例21】(「十分な開示」の要件を満たさないケース)
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・生体情報(血液検査等の生体指標)及び顔画像の特徴に基づき癌を予測する方法に関する発明の事例である。 ・しかし、明細書には、多数の生体指標のうち、癌予測の精度に関連する具体的なキー指標が何であるか、あるいは全指標に異なる重みをそれぞれ付して予測するのか、といった点の記載がなく、当業者はどの指標が癌の判断に用い得るかを特定できない。 ・また、顔画像の特徴と癌の罹患との関連性は科学的に未確定であるため、本来であれば明細書の中でその因果関係を具体的に記載すべきであるにもかかわらず、それがなされておらず、検証データなどによる裏付けも示されていない。 ・当業者は、明細書の記載内容のみに基づいては、本発明がその課題を実際に解決できるか否かを判断できない。 ・そのため、本事例は「十分な開示」の要件を満たさないと判断されている。 |
上記の事例からは、明細書で省略可能な技術的内容は、あくまで当業者が技術常識で補える範囲内に留まるべきである(【事例20】参照)一方、発明の根幹をなす入力と出力の因果関係などについては、当業者が発明を実施できるよう明確に記載しなければならない(【事例21】参照)、という点が読み取れる。
【出典】
1.CNIPA「关于修改《专利审查指南》的决定(局令第84号)」
2.CNIPA「关于修改《专利审查指南》的说明」
3.CNIPA「2025年《专利审查指南》修改内容解读」
4.CNIPA「关于《专利审查指南修改草案(征求意见稿)》的说明」等